月別アーカイブ : 2009年5月

投稿日:2009年05月11日

2009年05月11日

スーパーの飲料水コーナーで、新しい製品が目に入った。
「とろける毛毛」
えっ!?
一体どういう飲み物なのデショウカ。
ワカメやモズク風の「毛」のようなもので作った飲み物なんだろうか。
よく見るとそれは「とろけるモモ」だった。
モモと毛毛は似ている。
似ているのだと今日わかった。
一度、読み間違えてしまったので、その印象が頭に残ってしまった。
「とろけるモモ」の企画会議では、「毛毛って読み間違えられたりはしないでしょうか」という意見は出なかったのであろう。
外国では、時々惜しい間違いの日本語が書かれていることがある。
杉並に住む、大阪人もマチガエマシタ〜。
もしも「とろけるモモ」が外国で売られたら、きっと「とろける毛毛」と書く店が出ると私は思うのであった。


投稿日:2009年05月10日

2009年05月10日

昼寝をして目覚めたら夕方の5時半になっていた。
ショック。朝ごはんを食べてちょっと横になったら、眠り続けてもうこんな時間になってしまった。
<今からでも何かしなくては>
寝ぼけながらも思ったのだろう。
先輩の岡崎夫妻の家に電話をしていた。
「もしもし」
目覚めてまだ1分。
「えっと。今晩、何を食べられるんでしょうか」
いきなりこんな電話が出来る大変貴重な存在。おかげで夜は急遽外食の予定が出来たのだ。
岡崎さんはアレンジ仕事で音楽ソフトを沢山使っておられる。最近新しいmacを購入されたそうで、パソコンのバージョンに伴ってソフトも新しいバージョンのものにしないといけなかったりで、やっぱり機種乗りかえは大変そうだ。
でもなぁ。
私もそろそろ買いかえをしないといけない時期にある。
去年から買いかえを検討しては先送りにしている状態だったが、音楽ソフトのバージョンがいよいよ今使っているパソコンでは対応外になってきているのだ。
うむむむー。
しかし、単語の意味がやっぱりわからない。
「最新のmacbookは、firewireがついていないから気をつけた方がいいよ」
と、言ってもらったのだが・・・、
そうです。firewireって聞いたことがあります。ウチでも何か機械の所で「firewireは左」とシールを貼ったケーブルがあって、「左」の穴に差し込んでいる。
が、これは全て前のメカ好きの同居人が全部やってくれていたのだ。
私はケーブルのシールの文字を見て、「これは左の所に差す」という幼稚園の入園試験みたいなレベルのことをやっていたので、firewireが何か知らない。
「インターフェイスが使えなくなって困ってね」
インターフェイス。ウチにあります。
だが、これも”仕事机の一番上に置いてあるメカ”という認識しかない。これもいつかお店で買ったが、何をするやつなのか知らず、”これを買わないと音楽ソフトが使えない”品ということしか知らないのだった。
「今度は結局16ギガにしたよ」
「は?!」
私も会話をつなげたいのだが・・・。
先輩の言っている意味がわからない。
が、何を質問していいかがまたわからず・・・。
intelcore2duoって何。
2とduoは同じ「2」じゃないの。
しかしながら、なんだか「買うモード」にいよいよ自分も入ったようなのだ。
夕方に起きて寝すぎでうなだれたが、競馬の後方から差してくる馬のように最後、「パソコン、よくわからないけれど取り合えず買う方向で!」と急激に活気のある自分になったのであった。


投稿日:2009年05月09日

2009年05月09日

月に一度、布団乾燥サービスを受けていて、今日がその日だった。
ピンポーン。
「は〜い」
だいたい朝の8時から9時にお兄さんが取りに来て下さって、午後2時ぐらいにまた持って来て頂く。今日の午後は家に居ないので部屋の外に置いておいてもらおうとお兄さんに告げたのだが・・・。
「えっ・・・。そうですか・・・」
いつも家に来てくれるお兄さんとは違う初めて見るお兄さんだ。いつものお兄さんだったら、たまにこういう形で午後家に居ない時には布団を置いて行ってくれるのだが、もしかしたら今までのは規則違反だったのかもしれない。
「ダメでしょうか・・」
尋ねてみたらそのお兄さんは別のことで困っていることがわかったのだ。
「いやぁ、今ハンコをもらう紙をもう一人の方が持っていて、なので布団を返しに来た時にハンコをもらおうと思っていたんですよ。困ったな。どうしよう」
ハンコのことだったのか。
「ハンコ、もらわないとダメなんですよね〜」
そしてお兄さんはこんな提案をするのだった。
「そうだ。じゃ、ハンコを外に置いておいてもらえますか」
「え!そ、外に?ですか?」
「はい!布団を置きに来た時に押してまた置いておきますから」
家の外にハンコを置くっていうのはどうなんだろう。やったことがないが、あまりお勧め出来ることじゃないんじゃなかろうか。
「外に置いておくんですか・・・」
するとお兄さん、次はこんな提案をした。
「じゃ、ポストに入れて置いて下さい!」
「え!」
「ポストから取って、ハンコを押したらまたポストに入れておきますよ」
口調は明るいがポストの中にハンコを入れるってどうなのでしょう。しかもあなた今日初めて会う人なのですが・・・。
ちょっと気が進まずに返事を渋っていると、お兄さんはもっといいアイデアを思いついて私に言うのだった。
「そうだ!」
「だったらボクがそのハンコを預かって持ち歩いています」
むむむむむーーー。
初めて会ったあなたにハンコを渡して持ち歩いてもらうと、安心が得られるのでショウカーーー。
とにかくハンコをもらわないといけないらしい。
私としては、その辺りこそ会社の人と相談して別案を頂きたかったのだったが・・・・。
「ハンコは預けられないので・・・。では、今日はお布団のサービスは結構です」
そう言ったら、「そうですか!」とお兄さんは納得をしてあっさり帰って行った。
新人さんなんだろうか。
悪用することはきっとなかったと思うが・・・。
「すみません、どうもなくしちゃったみたいなんですよ〜」
ハンコを落としそうな危うさがあるお兄さんなのであった。


投稿日:2009年05月08日

2009年05月08日

渋谷HOMEにてライブ。
前回、ここでライブをさせてもらった時にはアップライトのピアノが入っていた。アコースティックピアノに苦手意識があった頃は、あまり生ピアノを弾きたいという風には思わなかったが、”アコースティックピアノの弾きやすさに個体差があるのはあたりまえ”と考えられるようになったら、どのピアノもまずは弾いてみたいと思えるようになった。
アップライトはライブでは特に慣れていない。音の響く感じがグランドピアノとまた違うが、今日はアップライトで弾き語りのライブをさせてもらった。
今日のこのピアノは少し人見知りなピアノ、という感じだろうか。
少し鍵盤が重く音の抜けはややこもってはいるけれど、それもこれからここで大事にされて、いろんな人に演奏をしてもらったらきっともっといい音になると思う。時間と共にこのピアノが持つ性格というのだろうか、人柄みたいなものがそのうちにもっと伝わりやすくなるんじゃないかな、と個人的に感じた。
楽器も人見知りをして、最初は自分を上手く出せない個体がある。でも人と同じ。どんな不器用でも最終的に人柄というのは滲み出るものだ。
ピアノさん、一緒にゆっくり行こう。
「昔の声の時の歌もいいけれど、今のみきさんの歌好きですよ」
数ヶ月前にそう頂いたメールの言葉で、私の中の何かがフっきれた。
自分では、今の歌が好きでいるつもりだったが、あのメールがポンと背中を押してくれた。そうしたらまだ自分にまとわりついていた人見知りのような小さな臆病がスっと消えてなくなった。
多くのライブは夜の時間に行われる。
一日の最後に近い時間にあるのだ。
誰かを「特別サイコーハッピー!」に出来る自信はないけれど。
今夜布団に入る時に、「なんか、今日はいい日だったかもしれないな」と、穏やかな気持ちになってくれることを願いながら歌いたいなと思う。


投稿日:2009年05月07日

2009年05月07日

数年前、全くテレビを見ない生活を2年程送っていたのだ。
理由は引っ越しの際に暫定的にテレビを仕事場の隅に置いてしまい、それがブラウン管テレビの結構場所を取るサイズだった。何度かその位置でテレビを楽しもうとしたが、どうも落ち着かずそのうちに「もう、別にテレビは見なくてもいいや」と面倒臭くなって、テレビを見ない生活を長く送っていたのだった。
今は液晶テレビが普段居る部屋にあるので、またテレビのある暮らしに戻ったが、その頃に人気だった一発芸人さんのことを全く知らず、しばらくは流行のギャグについていけなくなったのだ。
もう一つ驚いたのは、グルメレポーターでよく見る「彦摩呂」さんが丸々と太ったこと・・・・。昔は目のクリっとした爽やかな青年にも見えた気がしたのだが、体のサイズがいつの間にか風船を膨らませたようにパンパンに膨れた状態になっているではないか。
「あれっ、この人彦摩呂?」
今日もテレビで見たが、やっぱりまだ太った容貌に見慣れていない私が居るのだった。
いい人そうな所は変わりないのだが、見た目の爽やかさが消えてしまい、かわりに油ぎったオヤジ度数が上がった。
美味しそうに食べておられますが・・・。
他人ごとながら、体のことが心配になってしまう。
<そんなに無理して食べないで>
<野菜中心の生活に変えたらどうかしら>
<食べるお仕事、ちょっとは減らせないの?>
一度も面識がないのに、妙に同級生でも見ているような感覚になり、テレビもご本人が美味しそうに食べている食材には興味が沸かない状態で見てしまう。
きっととても頑張って沢山のお仕事をされたんだろう。
しかし・・・・、
今や紹介する食べ物よりも、インパクトが強くなってしまわれた。
複雑な想いで眺める彦摩呂さんなのである。


投稿日:2009年05月06日

2009年05月06日

代官山「晴れたら空に豆まいて」でライブ。
ゴールデンウィーク最後の休日は、小雨降る少し肌寒い日で、街も思ったより人が少ない感じがする。
夕方にリハーサルが終わって、今日は出番が3番目。
お天気は一日中晴れなかったけれど・・・・。
とても嬉しいことがあった。
先月、大きな手術を受けられたFさんが、退院をして会場にライブを観に来て下さったのだ。
持病を持っておられるのは知ってはいたがまさかの急な入院、それからすぐの手術。手術前に書いて下さった手紙を読みながら、とても胸が締めつけられた。一日を大事に生きることや、人との一期一会について、深い想いが文章に託されていて、それは私にとってもあらためて考えさせられるものだった。
また会えてよかった。
本当によかった。
何ごとも無かったかのように、ライブ後にこの間と同じ笑顔で目の前に立っている姿が心から嬉しかった。
決して健康体になれたわけではなく、これから日々様々な工夫も加えながら社会生活を送らなくてはいけないと思うが、それよりもこうしてまた笑って再会が出来る幸せにまず目を向けられる、そう考えられるFさんを強くしなやかに感じた。
もうちょっと、言葉が言えたらよかったけれど。
なんだか「嬉しい」しか単語が出て来なかった。
毎日、私達は生きている。
その生かされている時間のうちのほとんどを無意識に生きている。
ようやく生きていることを意識出来た時は、「生きたい」と自分自身が願う時・・・自分の身において何かしらが不安定もしくは危うい時であることが少なくない。
また会える幸せ。
また会えることは、幸せなことだったのだ。
そのことを胸に留めながら毎日を過ごして行くことで、今日も明日も自分も周りも、何かが心強くなれるのだと思う。


投稿日:2009年05月05日

2009年05月05日

「無料で使える日記のホームページがあるから、気晴らしに何か書いてみたら?」
友人にそう勧められて、なんとなく日記を書き始めたのが2001年の5月5日。
まだブログという言葉が使われて居なかった頃だ。
あの頃は目覚めてから眠るまでをベッドの上で過ごす入院生活を送っていた。自分はもう社会のどこにも繋がっていないという虚無感でいっぱいだった。
あれから丸8年が過ぎ、今はブログを持ち自分の言葉を書き記す人は信じられないぐらい増えた。これは意外なことだった。
例えくだらないことでも、頭の中にあることを文章にすることで、何かがスッキリしたりする。心の中にあいまいにあることを文章に出来た時には、もっと心の中がスッキリ晴れた感じになる。
写真には収めきれない、フレームの外側にある視野の分まで、時々文章は「それ」を言い表すことが出来るから、そこがブログという器の好きなところだ。
言葉のアルバムも8年分になった。
続けることに縛られずに、続けていけたらいいなぁと思っている。


投稿日:2009年05月04日

2009年05月04日

南青山マンダラにてJam for joyに参加する。
このイベントに最初にお世話になったのはもう13年程前。ここで出演をして、それで一緒になったのがきっかけで、後にレコーディングやライブと長い付き合いをさせてもらっているミュージシャンやアーティストがとても多いのだ。
普段、音楽の世界も社会のいろんな仕事としくみは同じで、とても誠実に頑張ったけれどものすごくガックリ来るようなダメージを受ける場面なども沢山ある。時には鎧をつけないと”相当痛いなぁ”と折れそうになるようなことだってあるし、そういうことは続けている人ならみんなが経験していることだ。
私がJam for joyに集まるミュージシャン達の好きなところは、”それらいろいろあるけれど今日はそういうものを全部置いて一緒に楽しい時間を過ごそう”とそれぞれがすごく大人な考えで参加をしている人達であるということなのだ。柔らかい人間性って音楽の見えない屋台骨となっている大事なものだと、私は思うほうなので、ここで歌い演奏をする人達とはとても友だちになりたくなる。
私はあまりすぐに音楽友達が出来ない方だった。
でもここで出会う人達は、ゆっくりでもいいから長い付き合いがしたいと思う信用の出来る人達だ。
またいつ会えるかな。
今度はあの人とも話が出来たらいいなぁ。
また会いたいのなら、その時を思い浮かべながら自分の毎日を頑張って行くだけだ。
未来の忘れられない友との同窓会のようなイベント、それがJam for joyだ。


投稿日:2009年05月03日

2009年05月03日

ダンボと一緒に芦花公園にあるドッグランに行った。
と、いうより無理矢理連れて行った。
ダンボは家が一番好きなんだろう。そして本人は、犬の友達は別にいらないらしい。
よくワンちゃん同士が楽しそうにジャレ合っているのを見る。ダンボだって本当は5匹の兄弟が居たのだ。赤ちゃんの頃からずっと兄弟達と一緒に居たのだったら、きっと今のような様子ではなかったはずで、なんとか今からでもダンボに犬仲間が出来る幸せを!と思うのだが、ワンコちゃんとたわむれる姿は結局一度もまだ見たことがないのだった。
ダンボ、ワンコちゃんのお友達が居たら、本当は嬉しいよね?!
しかし、ふとこのダンボを見ていると父、しげおっちにダブることがある。
父、しげおっちは大変な変わり者で、あと思い込みが激しく自己流の物の考え方を持っているのだが、私から見ると常識枠からどうしてこんな外れ方をするのかな?といった本当にいわゆる「ただ、変わっている」だけの所があるのだ。まぁ、私も似ているのだが、それよりもダンボがこの父の「変わっている」ベクトルに大変似ている。一時犬は飼い主次第でいくらでも変われるのだからと思って責任感を抱いていたのだ。が、最近は犬だってもともとちょっと変わった性格で、飼い主の手の届かないことだってあるんじゃないかと思うようになってきたのだ。
ドッグランにて。
やはりダンボはどの犬とも遊ばず、どの人にも懐かず、私にも懐かず、一匹だけでウロウロしているだけで、たまに私の方を見て怒った顔で睨むという行動をしていた。
<なんで、こんな所に連れて来た>
<ここでオレに何をしろと言うんだ>
<答えなさい>
ソフトバンクの「お父さん犬」のように人間語が話せたら、多分こう言っている。犬はちゃんと「抗議の顔」というのを持っているのだということがわかるほど、ダンボは不服な顔で私を睨み続けたのだった。
「ダンボ、おいでよ!」
「ダンボ」
「ダンボ、帰ろうか」
<なんで行かなあかんねん>
飼い主とは思えない程犬に無視されて、呼んでも一度も近寄って来てはもらえなかった。
ドッグラン入場許可証をブラ下げて入ったが、飼い主失格証を下げているようなものだった。
妙な存在だったのはダンボでなく、本当は私なのであった。


投稿日:2009年05月02日

2009年05月02日

夜中、眠っていたら急にダンボが威嚇吠えを始めた。
ダンボ、猫がまた塀の上を歩いているの?
すると少し遠くで私の耳にも宇宙人チックな声が聞こえてくるではないか。
「@¥:〜&%$@!=」
すると、またダンボが吠える。
「@¥:〜&%$@!@¥:〜&%$@!」
うんうん、ダンボ。
私も確かに聞こえるわ。
この声は何なんだろう。
”ムニムニムニュムニュ〜〜”
少しピッチを高くしたような妙な声が東の通りの方から聞こえて来る。「この声は何なんだろう」と思いながらも、深く考えるのが面倒臭くなってすぐにまた私は寝てしまったのだが・・・・、
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「ええ、確かに聞こえたんです」
「最初は飼っている犬が激しく吠えたんで、猫でも居るのかしらと思ったんですけれど」
「今度はハッキリ私も聞いたんです」
「今まで聞いたことのない、少し機械的な高い声で、日本語ではありませんでした」
「複数の宇宙人だったんではないかと思うんです」
「その後、私は意識を失ってしまい」
「気がつけば、朝になっていました」
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昨夜の出来事は、雑誌「ムー」のインタビューを受けると、このような記事になるのであろう。
ペンは不思議現象を生み出す、宇宙船よりもすごいメカなのである。