月別アーカイブ : 2009年7月

投稿日:2009年07月21日

2009年07月21日

午後、中野駅前のバイク駐車場にて。
一つだけ空いていたバイク置き場に止めようとしたら、どうも前の利用者が間違えてロックバーをまた差し込んで出庫したみたいで、空になっているにもかかわらず利用中状態になっていた。清算をしないと自分のバイクが置けないので、インターフォンで管理会社に連絡をしたりして、駐車場で10分程足止めをくらったのだ。
んもう。
どこの誰だかわからないけれど、お宅の”うっかり”のせいで面倒臭かったわよ。
バイク置き場では他に、原付専用の場所に250ccクラスのバイクが無理矢理突っ込んであることもあって、隣りのスペースにまではみ出していたりもする。
んもう。
ちゃんと大型のとこに置いてちょうだいよ。
夜、今度は東高円寺駅のバイク置き場に止めることがあって、いつものようにバイクを置いて用事を済ませ戻って来て、清算を済ませてふとあることに気がついた。
ロックバーを外して、そして私、いつもそれをどこに差していたかしら。
横にフックがあって、利用が終わったらバーをそこにかけるというしくみになっていて、だが振り返れば今まで10回以上ここを利用してきたが、出庫の際にこのフックにかけた記憶は一度もなく・・・・。
「あっ」
中野駅で私の前にバイク置き場を利用していた人と同じことを自分がしていることに気付いたのだった。他所とは少し勝手が違っていたということはあった。が、私がこの駅を利用した時は毎回自分の次に利用した人、もしくは管理人さんが「んもう」と思いながら、ロックバーを解除する手間を被っていたのだ。
見知らぬ人よ、すみません。
今日の昼間の中野駅でのことは、必然の出来事。
「もうそろそろ、気付いたらどうなのよ」という、天からのお告げなのであった。


投稿日:2009年07月20日

2009年07月20日

海の日。
海は私の生活圏にはなく、海に行くことは特別なお出掛けでもあった。
海が視界に入るか、または海の匂いがしたら、「海に来た」しるしで、それが雨の日でもいいお天気でも、夏でも冬でも、とにかく「海に来た」瞬間には「わぁ!」と声をあげている気がする。
私にとって海はそういう存在だ。
いくつになっても海を前にすると「わぁ」と声をあげる。
広く大きなもののまま。
夏には海に行っていた時期があったのに、もうそういうこともなくなって久しい。
今年は海に行けるかなぁ。
小さないかだでも、ゆっくり進んでいつかどこか遠い島に行けるんじゃないかと信じていた子供の頃。
水平線の彼方に素敵な国々が見えていた。


投稿日:2009年07月19日

2009年07月19日

ダンボは先日買ったドッグキャリーがすっかり好きになった。
本当は病院に連れて行くのに、今まで使っていたキャリーがもうあまりに汚くなってしまったかわりにと買ったバッグだったのだが、最初警戒をしていたダンボが「大好きなバッグ」という認識を持つと、今度は逆にそれで病院に私が連れて行くのがしのびなくなってしまったのだった。
新しいバッグは部屋の隅に置いてあり、今もビビリのダンボには訓練だけは続けている。
ダンボはバッグに入るとオヤツが貰えるので、最近は自分から「バッグに入りたい」という意志表示をするようになり、私はダンボをバッグに入れてそれを肩からかけて家の前の道20メートル程を歩く。でも犬を肩からかけると重いので、私が出られるのはせいぜいここまで。
このバッグはずっとこんな使い道で終わってしまうのだろうか。
と、ちょっと残念に思えてきたので、今日は夜近くの郵便局に譜面を出しに行くのに、バッグにダンボを入れて一緒にバイクで出ることにしたのだった。
ダンボはすごく怖がりだ。
彼にとって楽しいことなのか、怖いことなのかは彼を見ているとすぐにわかり、この警戒心をもう少し和らげたいということも、ダンボとの暮らしの中での課題なので、バイクも「怖くない乗り物」だと覚えさせたい。
ブーン。
夜風が気持ちよく、ダンボもバッグの中から顔を出して楽しんでいる様子。そして郵便局に着いたのだったが・・・・。
郵便局に来たら急にダンボは怯え出した。
そう言えば、夜間窓口の辺りの景色って殺風景でしかも、シャッターが見ようによっては鉄格子にも見える。順番を待っているとバッグから顔を出したダンボが興奮して顔を真っ赤にしてブルブルと震えていた。
そうか、前に人が郵便物を出したり受け取ったりするのを見て、自分がここに預けられると思ったのだ。
「ダンボ、違うから」
そう言ったが、ダンボには伝わるはずもない。
郵便局の時間外受け付けで郵便物を出しに行っただけだったのだが、ダンボにとっては知らない男の人に預けられて自分がどうにかなっちゃう程の恐怖体験となった。
せっかく買ったキャリーバッグは、部屋の隅に置いて、オヤツが欲しい時に中に入るバッグとしてしか、ますます使い道がなくなってしまったのだった。


投稿日:2009年07月18日

2009年07月18日

ブルーベリーの実が成ったのに味をしめて、その後ミニトマトの苗も買ったら、毎朝ブルーベリーとミニトマトが収穫出来るようになった。
水で洗って口に入れる。プチ自給自足生活を味わえ、するとなんだか知らないが健康を手に入れたような一気に飛躍した考えになる。
ブルーベリーもミニトマトも、何にも特別な世話はしていない。ただ自分達で次々に実をつけてくれるので、本当に何にもせずに私はその実をいただいていて、考えようによっては自分が悪代官のようにも思えてくるのだ。
知人のご婦人の話では、ナスもプランターで簡単に作れるらしい。
現在狭い敷地にブルーベリーにトマト、そして実が成るのを待っているレモンとオリーブがあるので、これでナスやじゃがいももやりだしたら、自分の家の花木は統一感のない状態になってしまう。今年も春にバラがとっても綺麗に咲いて、バラの家にしようとあんなに意気込んでいたのに、バラとナスが隣りに並んでいるガーデニング本はあまりないのではないだろうか。
バラ園か家庭菜園にするのか。
バラより食べ物の方が魅力的にちょっと感じてしまう。
「おかしの家に住みたい」のが女の子。そしてかつてカレンだった女の子も年季が入ると「おかし」より「今晩のおかずに出来る食材」の方が有り難くなって来る。
だって、ミニトマトは近所のスーパーじゃ1パック298円するんですよ。
来年の園芸計画は、やや野菜作り寄りに傾きつつあるのである。


投稿日:2009年07月17日

2009年07月17日

新宿マローネで、近藤ナツコちゃんとのライブ。
ここは、お客さんとの距離がとても近い。昔の私だったら出来なかったと思う。サングラスをしないと緊張をするというミュージシャンの人と同じく、私の場合はすぐそばにお客さんの姿が見える場所が緊張をする。野外の大きなステージの方がうんと平常心で臨める。それぐらい、小さなスペースでのライブは私にとってはハードルの高い演奏場所。
そして楽器もお店に置いてあるエレピを使っているので、これも数年前の私なら有り得なかったことだ。
これはリクオくんのライブを何度か観に行ったことで、私の中の目指すものが変わった。
何度か行ったリクオくんのライブは、場所の大きさも様々、客席との距離感もそれぞれ違うのだが、どのライブも心にグっと来るライブで、しかも素晴らしいピアノ弾きでもありながら、楽器を全く選ばずに「いい音」かどうかを越えた所で音楽を奏でているその心がすごいなと感動をして、自分もそういう成長を目指したいなと思ったのだ。
いい音を最優先に組み立てるのがいい場所があり、マローネだったら基本はお酒を楽しむ場所でもある。セッティングに場所を必要以上に取らないことも考えて、アプローチを考える。最近は少しライブの本数も増えたので、その場所その場所での音楽の形を、その日ならではのベストにしていけるようにしたいなというのが、最近のライブの目標だ。
カバーもやる。何でもやる。ともすれば「雑多」で終わってしまうようなことが成立する楽しさがここにはある。
どこの場所でも、その場所で出来る今日信じているベストを尽くして、そして重ねて行きたい。
しばらくはマンスリーになりそうな、マローネでのライブなのだ。


投稿日:2009年07月16日

2009年07月16日

今や譜面は、スキャナーで読んでデータで送られて来たり、ファックスで届いたりと、郵送以外にもいろいろ選択肢が増えた。データの場合はダウンロードをして、自宅でプリントアウトをする。ファックスはそのまま受け取る。今日はファックスでの譜面の受け取りだったのだが・・・。
リボンインクが丁度なくなって、新しいのを買って来なくちゃならなくなった。
リボンインクは、まだ一度しか交換したことがなく、それも随分前のことだったので、それが何なのか自体すっかり忘れてしまっている。だが記憶を辿ると、前にホームセンターの文房具コーナーで買ったような気がするのだ。
とりあえず、近所の店に行く。
「リボンインクはありますか」
「は?」
店員さんは初めて聞く単語のような表情をしたあと、「えっと、何でしょう」と、再度尋ねられたので、もう一度「リボンインクはありますか」と聞くと、そういうものは置いていないんですという返事だった。
私の持っているファクシミリ電話は、確か2003年製。電化製品はバージョンアップが早いから、もしかしたらリボンインクなんて物はもう消えてしまったかもしれない。と、少し自信がなくなってきた。
私、浦島太郎かも。
次に駅前の文房具店に行く。
さっきより小さい声で、「あのぅ、リボンインクはありますか」と尋ねてみる。
すると、
「品番はわかりますか」
という言葉が返ってきた。
あったのはよかったが、品番が今度はわからない。使い終わったリボンインク本体を見せればそれで探せると思っていただけに惜しい。
「じゃ、機種名はわかりますか」
ここの店は、町のこじんまりした文房具屋さんなのだが、大手家電ショップの店員さんのような詳しい男性スタッフが居る。店のサイズにしては勤めている人の数が多く、今日は3人の詳しい男性店員さんが居た。
「機種名・・・」
「じゃ、メーカーはわかりますか」
「あ、メーカーはキャノンです!」
私としては、頑張って思い出したつもりだったが、店員さんはしばらく探してくれたあと、私に「それはもしかしたらプリンターのことではないですか」と尋ね、そのとおり。
「家に帰って機種名を見て来ます」
と言って、真っ赤になって家に帰ったのだ。
リボンインクを探して三千里。
家に帰り、出直したが結局その店には該当する品がなく、更にもう一軒大きめの店に行ってようやく、入手出来た。
数年経てば今日のことは忘れ、またリボンインクって何だっけというところからやり直す、譜面で言う所のリピートマークな進行なのである。


投稿日:2009年07月15日

2009年07月15日

お昼、種ともこさんとランチをする。
いつもみずみずしい感性で、種さんは思いついたアイデアを努力で実現していく。
「この人と会うと、なんだか元気が出る」という人が居るが、種さんもその中の一人なのだ。普通にご飯を食べながら会話をするだけで、帰り道には自分の中にすががしい風が吹いてくる。先日のライブがすごくよかったので、”あれは、どうやってあんな風にされたんですか”などなど、質問をいろいろする。最近面白かった本を教えてもらったり、娘さん息子さんの話に笑ったり・・・。
帰りに、今日はこのあとサイモン&ガーファンクルのコンサートに行くと言ったら、種さんが丁度東京ドームでの公演を観られたのだそうで、とてもよかったということも聞けた。
ランチのあと、家に帰ってからそのサイモン&ガーファンクルのコンサートに行く。今日の公演は武道館、追加公演で東京はこれが最後の公演ということもあってか、年齢層も幅広くさすがにすごい人だった。
サイモン&ガーファンクルの音楽に触れたのは、映画「卒業」が初めてだったかもしれない。もっと前に聴いていたかもしれないが、グループ名を覚えたのは、この「卒業」という映画だったと思う。特に好きなアーティストでもなかったが、私の所属している事務所「キャシーズソング」はポールサイモンの曲の名前から来ている。それ程、社長のY氏がポールサイモンフリークなのだ。それで長年お世話になっているうちに、曲やらサイモン&ガーファンクルの歴史をかなり吹き込まれたのだが、そんなに吹き込まれて今なお「それほど好きなアーティストではない」距離をキープしているので、私の中では”印象が薄い”というのが正直なのだが、今日のコンサートはとてもよかった。音楽と共に人生を歩いた二人の姿は、それだけで深みがあって、決してそれははたから観る人の思い入れでそう見えるということではなく、コンサートを観ながら、何故かしら「人生」について漠然と考えるモードに入っていたのだった。
今まで「音楽と共に生きる人生」だなんて、口にするには大き過ぎる言い回しのように思ってきたけれど、今日は種さんに会って、サイモンとガーファンクルを観て、何か感じられるいい一日だった。私も自分なりの「音楽と人生」というものについて、成長成熟させて行けるよう、それを頭のどこかに置きながら毎日を迎えたいなと思った。


投稿日:2009年07月14日

2009年07月14日

お昼、テレビを見ていたら、今日で梅雨明けとなったと発表があった。
ええっ。
突然過ぎないですか。
と、思っていたら「あれっ、昨日はそんなことを言っていませんでしたよね。確か20日頃って話じゃありませんでしたっけ」と司会の人が気象予報士さんに突っ込んでいた。
すると、予報士の女性は「えっと・・・。そうですね。」としどろもどろになって、最後に「えっと、そうですね・・、梅雨明けは私が決められることではありませんので・・・」と小さくなっていた。
多分、もう仕事に出掛けて今の時間働いている人は、突然の梅雨明けのことを知らないだろう。商談の合間に「いやぁ〜、梅雨明けまでもう少しありそうですな」という会話がなされている。去年より5日か6日早い梅雨明けになったのだそうで、他のほとんどの土地ではまだ梅雨が明けていないそうなので、異例の梅雨明け宣言となった。
「号外!号外!」
本日、関東甲信越地方は梅雨が明けた。


投稿日:2009年07月13日

2009年07月13日

テレビでよく見る人で、好きな人が居る。
ラッシャー板前さんだ。
あくまでもテレビで見た感じでしかなく、実際にお目にかかったことはないから、どんな人なのかはわからないが、画面を通して見るラッシャーさんに気づけばもう長い間好感を抱いている。
ラッシャーさんを見るのは、現地レポーターでどこかからの中継だったり、テレビショッピングで商品のすごさに驚いていたり、夕方のニュースの中では便利屋さんとしてやはりどこかの場所に出掛けて行って、そこで一日お手伝いをする姿。
だから、私はテレビの中でラッシャーさんがたくさんの人と接している姿を見ているということになるのだ。そうするといろんな人が相手になる中で、ある頃からラッシャーさんの態度が変わったことがないなぁと思うようになり、そしてそれが「今日も」「今日もだわ」と積み重なって行き、だんだん尊敬するようになっていったのだった。
時々、素人さんにエラそうに指示されているラッシャーさんが居る。
見ている私が、それはちょっと失礼なんじゃないの?と思っても、ラッシャーさんは態度を変えない。
いつもいつも、どんな時も同じ顔で対応をする。
腰は低いが必要以上にへりくだったり、卑屈な発言をすることもない。
あの低姿勢は、自分を大きく見せる必要はないという信念から来るものなのかしらと思うようになった。
ラッシャーさんを見ると、頑張ろうと思う気持ちになる。
いろんな人に出会い、決して気持ちのいい時ばかりじゃなくても、変わらない自分で居られる素敵なラッシャーさんなのだ。


投稿日:2009年07月12日

2009年07月12日

夕方、選挙の投票に近くの小学校に行った。
小学校の敷地内に足を踏み入れるのは、私の場合もうこんな時ぐらいしかない。水飲み場の高さや机や椅子など、全てが小学生のサイズに合わせて作られているので、ちょっぴり自分がガリバーになった気分になるのだ。
お転婆な小学生だったなぁ。
でも、小学生の時には学校の中の物が小さく感じられることはなかったから、確かにあの時の私は子供の目の高さで物を見ていたのだろう。
大人の選挙の投票場が小学校であるということが、少し不思議な感じもする。
そう言えば選挙権を得て最初の選挙の時は、もう何年も会って居なかった同級生に車で投票所に連れて行かれたっけ。
その日は投票日前日で、近所の商店街に買い物に行った時に「みき!久しぶり!」と、小学校の時の同級生のY子ちゃんに声をかけられたのだった。その時に「明日の投票、行く?」と聞かれたかもしれない。会話の最初はよく覚えていないが、不在者投票があるから今から一緒に行こうよと誘われて、30分後には知らないおじさんの車に乗せられていた。
後部座席にもう一人女の子が乗せられていた。彼女は少し知的障害があるようで、Yちゃんは子供に言い聞かせるように「いい?黄色い紙には@@。白い紙には@@さんの名前を書くの。わかった?」と言い復唱をさせていた。続いて私にも同じことをするのだが、その時は、あまりの急展開に頭がついていけなかったのだ。「何か変!」と思ったが何が変なのか整理出来なかった。
結局投票所に着いて「黄色い紙には@@、白い紙には@@さんって書いてね」と、更に念を押されて投票所に送り出され、その後冷静になってからは長い間選挙不信になって投票に行かなかったのだ。
「清き一票を」
今は私も投票に行く。
背が伸びて、大人になって、ガリバーは今は少しでも世の中が良くなって欲しいと願いつつ清き一票を入れたいと思っている。