はじめに

〜このWeblogの生い立ち〜

2000年1月〜2001年の暮れまで、私は目覚めてから眠るまでを病室のベッドの上で過ごしました。入院生活が1年と4ヶ月が過ぎようとしていた頃、友人が「無料のHPがあるけど、気晴らしに書いてみたら?」と、提案をしてくれたことがきっかけとなって、ポケットボードという物を入手し、日々思うことを綴り、それを友人の携帯に送ってUPしてもらうという形で日記はスタート。住む場所、職業、性別、何も明かさずに始めた日記でした。

「wasa-b」は、当時お気に入りだったわさびふりかけから命名。

投稿日:2015年06月18日

2015年06月18日

ジャッ

昨夜消灯前、ガッツ石松似の男性が、急に私の部屋のカーテンを開けて足を踏み入れようとしていた。

なんですか一体!

唖然としていたら、ガッツは「んあ?ぁあ?うん?」と部屋の様子を見回すと、カーテンをまたジャッと閉めて去って行った。

多分部屋を間違えたのだろう。

だが、すんません、間違えましたぐらい言えないものなのか。こっちはいきなりカーテンを開けられて、部屋の中を見回された後カーテンを閉めて去られたんですよ。あなた以上にびっくりしたんですよ。

消灯後。

深夜にまた、私はガッツにジャッとカーテンを開けられていた。また似たようなリアクションをしてカーテンを閉めて去って行ったが…。わずかに閉めきれなかったカーテンの隙間から廊下の「非常口」の明かりが丁度顔を直撃するようになってしまった。

ま、まぶしい。

しばらくは意地でも動くもんかと腹を立て非常口の明かりに照らされ続けていたが、誰もフォローしてくれることはないんだわとあきらめてカーテンを閉めに行った。

起床。

新しい朝だ。

体調も安定している。何より身体に対して無意識でいられることがいい。

今日のメニューは朝一番の採血があって、夕方に教授回診。教授回診とは、週に一度血液内科なら血液内科の教授が、そこに所属する先生や研修医を連れて入院患者のもとを訪れるのだ。

それから抗生剤の点滴が1日2回。今回の入院は今までで一番身体が楽、メニューも少ない入院だったように思う。まぁ、それは「あとは緩和ケアの先生とのご相談ということで」と、視点がぼやけた項目について誰も触れないからなのだが。

午後、叔母を連れて従兄弟夫妻が病院を訪ねてくれた。90歳の叔母が今日も「まだまだあんたは若いから、きっとよくなるよ」と言ってくれた。もう15年同じ言葉で叔母から励まされている。そして私は今日もとてもよく効くおまじないを掛けてもらったような気がしたのだった。

夕方、教授回診。

「だいたい、良くなってきたので、そろそろ退院の予定をたてましょう」いつも、外来で診てもらっているM教授だ。「今後も熱が出たりするとは思います。白血球も1.1ですし…。まぁ今後のことは緩和ケアの方と相談しつつ行きましょう」

教授回診が終わって1時間程すると、今回の入院時の担当のT医師がやって来た。

「どうですか?体調の方は」

「おかげさまで、落ち着きました」

「あれから吐き気や吐いたりはしていませんか?熱も大丈夫?」

「それもなくなりました」

「じゃあ…」

「はい」

「退院しましょう!」

「え?あ、はい」

「明日か明後日!」

「えーっ!」

「そうです。」

「明日か明後日…?」

「ええ。どちらがいいか考えておいてくださいね」

ニコっと微笑んで先生は去って行ったのだった。

退院は、いつも突然やってくる。

会話から察するには来週月曜日の輸血翌日の火曜日かと思っていたのだが…。うーむ。明日はとにかく急過ぎて無理。だって全部一人で退院のことは出来ない。お迎えのお願いをしたりする段取りがあるというのだ。

即、Y氏と友人に連絡をする。

友人は都合がつかず、今回もダンボを預かってくれているY氏が土曜日なら行けると返信をくれたので、お願いをする。よかった。

明後日、退院。

まさかこのあと急変、死亡にならないだろうな。

とにかく今日はベッドで寝ているだけで「嘘⁉︎」「まじ⁈」な出来事が私の目を何度も覚まして行った。


投稿日:2015年06月17日

2015年06月17日

だいぶ良くなりましたね。

と、声をかけてもらうようになった。

はれれ?ここはどこ?

今回は血液内科のあるA棟15階の四人部屋に入り、その後個室に移動して、それから無菌室を必要とする白血病の患者さんが来られることになり、科をまたいだB棟に移動をするという引越し続き。なので、深く眠ったあと目が覚めたら場所がわからないことがある。

体調が良くなったからか、終日眠ってばかりということもなくなり、頭の中もちょっとは余裕が出て来た。

ユザワヤに行って、好きなだけウロウロしたいという気持ちもわいてきた。あてもなくどこかに行ってみようツアーにもまた行きたくなってきた。今だって病院を出てすぐの丸の内線に乗れば、あとは乗り継いで大阪にだって行ける。

まぁ、今の私にお許しが出ているのは、点滴棒を転がして消灯時間まではB病棟の廊下を歩いてもいい、という範囲でしかないのだが…。

いろいろ思いを馳せていたら、「ただいま、エレベーターホールにて移動販売がやってきています。今から@@時までおりますのでご用の方は…」と、アナウンスが病棟に響いた。

わお!?

これは、もしかしてー⁈

チャンスターイム!

移動販売が来ている時は、患者さんが集まるのでどさくさに紛れるのにもってこいなのだ。私は売店で物が買いたいのではない。お金を下ろしに敷地内のコンビニに行きたいのである。

さっき、看護師さんにATMに行ってきてもいいかと二度お伺いを立ててみたが、スルーされてしまった。「まだ、だめです」という意味なのだ。

そこでどさくさに紛れて、敷地内のATMを目指したら丁度いいタイミングでエレベーターが来たのでうまいこと、コンビニまで行って帰ってくることが出来た。

多分バレなかった。

バレても敷地内ならさほどの大事にはならない。

ふぅー。

ベッドに戻って復習してみる。

ご飯の時間、薬の時間、検温の時間、血糖値を計りに来る時間、先生が来るのは何時頃、etc…居なくなってもバレない時間は9割把握した。

さて、現金も手に入れたので、明日はどさくさに紛れて新丸ノ内ビルにでもランチに行って来ようかなと冒険の地図を広げて考え中なのである。


投稿日:2015年06月16日

2015年06月16日

今日は火曜日。

ようやく曜日感覚が戻ってきた。

この間抗生剤でまず胃腸の調子を良くしてもらい、血小板輸血を2回、赤血球輸血1回で貧血を補ってもらった。血圧が60台から70台前半だったのは輸液の点滴を4日ぐらい受けて、80台後半から90台前半ぐらいにまで上がってくれた。

紅茶だと思っていたのは、吐血だったようで、だがそれもなくなり、口の中は毎朝起きたら血だらけだったのもなくなった。少し歩いただけで息切れがひどかったことも、血圧が上がったことであの酷い息切れがなくなり、穏やかな体となって本当にほっとした。

それにしても、私はこの半年の間にゆっくりゆっくり脱水症状を悪化させていたらしい。まさかそんなことになっているとは思いもしなかった。ネットで調べてもそこには行き着かなかった。

やっぱりネット先生ではだめなんだと思ったのだ。

今は味覚障害も治まって、食欲も戻ってきた。すごい。無食欲になってからは「食べたいという気持ちってどうやったらわくんだろう?」とそんなことばかりを考えていた。その時はもうこのまま食欲がわくということは起こらないような気がしていた。今は目の前に出されたお粥がとってもおいしい。

なんにもかけない、ご飯の味だけのお粥がとてもおいしい。


投稿日:2015年06月14日

2015年06月14日

いつも遊びに来てくださって、どうもありがとうございますo(^▽^)o

12日の金曜日、また急遽救急車のお世話になって入院することになりました。今年の初め頃から、原因がわからい微熱や高熱が出たり、下痢や嘔吐、食欲不振といろいろな症状が出たり治まったりを繰り返していたんですが、、、。

ここ一週間ほどそれがひどくなってしまい、体重を計ったら36.7キロまで落ちていたので、いよいよ自分で治せる範囲じゃないなぁと病院に電話をしたらいつも診てもらっている血液内科の先生がいらしたので、そのまま入院の運びとなりました。

前から先生には症状のことをお伝えしていたので、なにかの菌が胃腸に感染しているかも?と、一つ一つ症状を診てもらうこととなりました。で、昨日一つ目に受けた抗生剤で熱も吐き気もなくなったので、今出ているいろいろな症状も連鎖していそうだ、とのことでまずは抗生剤の点滴とご飯を頑張って食べて行きましょうとお話を頂きました。

ご心配ご迷惑をおかけ致します!

が、病院生活の中で見えてくる景色もまた記して行きたいと思っています。


投稿日:2015年05月30日

2015年05月30日

5月の半ばを過ぎた辺りから、急に5月とは思えないような暑さになってきた。

今年の夏は猛暑なのだそうだ。

もっと網戸の季節を楽しみたかったのになぁ。

信号待ちをしていたら、とんぼが目の前を横切っていった。

は、早くない?

まだ梅雨でもないし、夏もやってきていないというのに。

秋になったら来年のおせちの予約が始まり、お正月を迎えたらバレンタインデーのポスターで賑やかになり、ひな祭りが終われば母の日・・・。今年の干支が何だったか即答出来る人はガクっと減り・・・。

季節スイッチがどこかにあるのなら、またズレていくにせよ、ここらでリセットボタンを押して一回正しい時間軸に戻して整理したい。

とんぼはとんぼの友達が出来ないまま、自分がとんぼだとも知ることもなく死んで行くだなんて、ちょっと可哀想だなぁと思うのである。


投稿日:2015年05月29日

2015年05月29日

下北沢Blue Moonにてみかちゃんのライブに参加。

今回が2回目だ。

みかちゃんはピアノでの弾き語りが出来るので、基本的にピアノを弾きながらライブが成立する。そこに参加をするのだから、もしも自分のライブでピアノを誰かに任せてやったら、どんな風に演奏してもらいたいだろう?なんてことを考えたりする。

前回2月にライブを終えた時、みかちゃんは「女性らしいピアノ」だと言ってくれた。女性らしいピアノと言われたのは初めてのこと。だけどそれはきっと褒め言葉なんだなぁと感じたので、それからは彼女にもらった言葉を演奏前に思い出すことが多くなった。

私は彼女の歌詞が好きだ。

一曲一曲に「ある女の子」が居る。私は聴き手なのだけど、曲を聴き進めていくうちにいつの間にか自分の心が「その女の子」の気持ちと同化している。全然そんなストーリーは体験したことがないというのに。

彼女のライブはまるで、東京のどこかの街で暮らしている何人もの女の子達のそれぞれを繋いだショートムービーを見ているような気分になってくるのだ。

若い頃には「女性らしい」と言われることに慣れなかった。

今の女子達にも「女性らしくない」格好に態度、言葉使いをしていたりする子が居るが、そういう女子に限って同姓に対して嫉妬深かったり、女子力アップの化粧品やネイルなどに気を使っていたりして、なかなかややこしい。

「女性らしい」と言われたら過敏に自分をおとしめたりしないで、一呼吸置いたら「素直にありがとう」と言えるような年のとり方がしたい。


投稿日:2015年05月27日

2015年05月27日

がび〜〜ん。

ここ2〜3年私は、毎週輸血室にお世話になっているのだが、最近ある疑惑を抱くようになっていたのだ。

それは、輸血室にある体温計の「ピピピ・・」の音が聞こえないということ。

「吉川さん、体温計もう音鳴ったと思いますよ」

と、受付の方に言われるようになって半年。毎週言われていても「あ、うっかり聞きそびれたんだわ」ぐらいにしか受け止めていなかったのだが、「あれ?今日も聞こえてなかったのかなぁ」そのことをようやく自覚してきたのが4月、それから耳を澄ませるようになったのだった。

先々週は聞こえなかった。

先週は聞こえた。

が、それはテルモの体温計。輸血室にあるのと違うメーカーの物。その日は輸血室が混んでいたので別の階で輸血を受けたんだった。

そして今週。

「吉川さん、もう鳴ったと思うんで体温計いただきますね」

あんなに注意してしたのに、聞こえなかった。ただ、遠くで子供がはしゃいでいる声や他の物音は全部聞こえる。輸血室で使っている体温計の周波数だけが聞こえない。

家のピンポンの音もブザーも、あと他のメーカーの体温計なら聞こえるという不思議。

「若者にしかモスキート音は聞こえない」というようにだんだん年を取ると高い周波数が聞こえなくなるらしい。

体温計の音だけが聞こえなくなるとは。

体温計を計る時、これから私はきっと体温より耳のことを気にしながら計ってしまうのだ。

普段同世代の友人達は毎週体温計など計らないだろう。

もう、若くないんだから。

聴音を調べる為に、ピピピ音が聞こえるかしばらく体温計を計るように勧めてみようかと思っている。


投稿日:2015年05月18日

2015年05月18日

い、ち、ご、の、季節ぅ〜☆

が、終わってしまうのである。

大好きな果物はいちご。12月頃にスーパーで見かけるようになり、その頃は値段が1パックで700円ぐらいと高いのだが、春になるとその半分ぐらいの値段になり、手頃に買えるようになる。そして初夏の頃にはスーパーから消えてしまうのがいちごなのだ。

子供の頃は5月の一ヶ月間ぐらいしか冷蔵庫で見かけなかったいちごだったが、いつの間にか冬ぐらいからスーパーに並ぶようになり、そういう意味では半年ぐらい食べごろの時期が長くなったのだが・・。

やっぱりなくなると寂しくなる。

なのでこの時期は「いちごを買いためる」期間となった。

買いためたいちごはパックから出して洗ってジップロックに入れて冷凍保存をする。夏の間はこれらをちょっとずつ使っていちごスムージーを作る。いちごジュースも好きだが凍ったいちごで作るスムージーは更に美味しい。

秋頃になり、冷凍庫のいちごが尽きてあとの3ヶ月はいちごのない時期を我慢して過ごす。栗じゃぁない。梨でもない。いちごが恋しい〜〜。

いちご基準で考えると私の一年は単純に出来ている。

そういえばいちごをつぶすスプーンはどうなった。

小粒のいちごの時だけ、牛乳がけをしてつぶして食べてもよかった。「大きいのはだめ!もったいないから」と母が言っていたのも”特別感”につながった。

まるで冬眠の準備に入る動物のように、いちごを買っては冷凍にしている近頃なのだ。


投稿日:2015年05月17日

2015年05月17日

以前から「ガラケー」という単語が謎だったのだ。

たま〜に、「まだガラケー使ってるから」なんて話を聞く事もあり、「ガラケー」がスマホより古い型の、私が昔使っていたような携帯のことなのかな、程度の認識だったのだが、ガラケーとスマホの違いも実は私はわかっていなかったりするのだ。

そもそも「ガラケー」って何だ。

折りたたみ式の携帯のことなのかしら。

みんなが「ガラケー」と普通に話しているのだが、私はどうも何の略なのかがわからないまま今まで来てしまったようなのだ。そしてネットで調べてみるとそれが「ガラパゴス携帯」の略だったことがようやくわかった。ワンセグやお財布機能、着メロなどは日本の携帯が独自に携帯の機能に追加していったもので、世界のスタンダードから離れてその国独自の進化をとげたところがガラパゴス諸島の生き物に似ているということで、「ガラケー」らしい。

ガラガラポンをなんとなくイメージしていたが、ガラパゴスだったとは。

ガラケー。

ギャル語でなく、大人が使っても痛くない単語なのかはまだわからない私なのである。


投稿日:2015年05月09日

2015年05月09日

今年の5月、生まれて初めて車検なるものを受けることになったのだ。

だんだん5月が近づくにつれ、車検のこと勉強しなくちゃなぁ・・と思いつつ、つい後回しにしてしまい、ゴールデンウィークも過ぎ・・これじゃいくらなんでもだめなんじゃないの?と急に焦ってきた。

まずは見積りを!

で、3〜5軒ぐらいに見積りを出してもらおう。

まずは家から一番近いK社に電話を掛けてみる。

電話応対に出た女性が気さくでいい人そうだったのと、早ければ明後日が空いていますよ。と勧めてくれたので電話で即決していた。まぁ、見積もりというのは基本的な金額で、どうせ総額は提示された金額だけじゃ済まないのだ。どこのお店で見積もってもらっても総額はわからないのだ。

そしてその明後日となる土曜日の今日、朝9時15分の予約で私の初めての車検は始まったのだった。

まずカウンターにて手続きをする。

見積り書の控えを渡され、内訳と金額を担当の女性が読み上げる。まるで、「イチゴパック1つで398円、ブロッコリーがお一つ198円、新じゃがが一袋247円、なす一袋157円のこちらは30%引きで・・」とレジを打つのと同じ早さでしかもその単語が普段の生活で使わないものなので、だんだんボーっと聞くようになってきた。

以上で「61,826円になります。」

「はい」

「では続きまして。エンジンオイルはどうなさいますか?」

これで終わりじゃなかったのか。

その後も3点ぐらい「どうなさいますか」シリーズは続き・・それが終わったら整備士さんが引き継いで女性の座っていた椅子に座っていた。

「えぇっと、ここからは僕が担当になります。あとは実際に車を見てみないとわからない部分がありますので、その都度お電話で確認を取りながら進めさせていただきますので、どうぞよろしくお願い致します」

「あ、はい。よろしくお願い致します」

では、お話はこれで終わりです。

見積り書の値段がちょこっと上がっていた。

「どうなさいますか」シリーズで「お願いします」と答えた分なんだろう。車に詳しい人ならともかく、私みたいな素人はこういう検査の時にケチってはいけない。私が判断出来るのは「この音源ソフトは、買いかそうでないか」ぐらいしかないのである。

「じゃぁ、また何かあったらお電話させて頂きますので」

そう明るく見送られて店を出たが、何もないことを祈るのだ。

はぁ〜あ。

取りに行くのは17時45分なのだそうだ。

家に帰って3時間ぐらい経った頃・・・。電話が鳴った。

「K社の@@です」

受付の女性からだった。

店から電話が来るというのは”追加で何かが見つかった”ということに違いない。

覚悟を決めて言葉を待っていたら、見積りの計算に間違いがあって実質はもう少し安くなるということだった。まぁ!なんて嬉しい誤算なんでしょう。こんなこともあるのね。まぁ、レジ打ちの早さでそれも言われたので、何がどう安くなるのかはわからなかったのだが・・。

そして3時頃、また電話が鳴った。

店で話をした整備士の男性だった。車を見ている内に出て来たいくつかの追加作業と値段を言われ、どうなさいますか?と尋ねられたがもう自分には判断能力もなく・・・。

「それでだいたい1万円ほどお値段が上がりますが大丈夫ですか?」

「はい、お願いします」

職種が違うと全くわけがわかんない。何にもわかんないのである。

5時頃になって再度電話が鳴り、裏を見たら左側のベルトのなんとかというパーツがもう使えなくて、これを直さないと車検には通らないのですが、どうなさいますか?と尋ねられた。車検に通す為に出しているんだから直さないとあかんのやろ。

「はい、お願いします」

「これでだいたい全部で7万8千円とか、それぐらいになります」

もうこれで電話は最後かと思っていたら、最後に担当の女性から「では、総額が82,897円となります」とようやく本当の値段を効くことが出来たのだった。

しかし。

ここでクレジットカードが使えないことを知る。

えぇえええっ。カードが使えないの?そんなこと聞いてなかったよ。だいたい総額分が今家の中にはありません。基本的にクレジットカードは使えないが、いくらかが現金の支払いであれば使えるという変な案を出されたので、家の中のお金をかき集めて取り敢えず家を出た。そして見積書の欄にはクレジットも用意してあるとのことだったが、クレジットで2万、あとを現金で支払って私の初体験の車検はなんとか終わったのだった。

世の中には私の様なよくわからないまま車検を受けてよくわからないまま車検が終わっていた。という女性は少なくはないだろう。詰めが甘い例として突っ込みどころ満載の車検として誰かの参考になれば、せめてちょっとだけ救われる。

それにしてもなんだろう。見積りって。

一寸先は闇。あれって見積りのことなんだろうか。

車は快適。安全運転でまたよろしくね。マイラパンちゃん。