かしわ哲さんのコンサートのリハーサルを終えた帰り道、かしわさんとパーカッションのmasaさんと市ヶ谷駅前で別れた直後に道端に千円が落ちているのを見つけた。
「千円?」
千円札がポロ。
あらまー。
拾った瞬間、悪魔になる。
「千円、拾っちゃった」
顔を上げたら5メートル先に交番があった。
悪魔、急に真面目人間となる。
スタスタスタ。
「すみません・・・」
「はい?」
「そこで千円を拾ったのですが・・・」
「生で落ちていたんですか?」
「はい、そうです」
一瞬、若い警察官の顔が”め、めんどくせ〜”という表情になった。
いや、私も面倒臭い。
「生の場合は・・・ほとんど落とし主は現れないんですよねぇ・・・」
「はぁ」
うん、私もそう思う。
このあと、沈黙。
”もうもらっちゃえば?”
”そうですよねー”
もしくは
”もってこなくてもいいのに”
”そうでしたねー”
オーラ同士はこう会話しているように思うのだが、交番の中ではその会話は出来ない仕組みになっている。
沈黙。
<あなたの番なので、何か言って下さい。>
<私も善良な市民の役を務めているのです。>
<あなたも警官の役を。>
<リードしてってば。>
「じゃー。書類、書きますか」
「はい」
沈黙。
「ちょっと、お時間をいただくことになりますよ」
なんで。
じゃぁやめておきますとは言えないだろう。
だって、警官と善良な市民の役なんだから。
紙を出してくれた時にも、警察官は「多分、届けはないと思うんですけどねぇ・・・・」と、再度言うのだった。
私だって後悔しているのだ。
余計なことをしてしまったのだ。
だが。
ここで、「じゃ、もらっちゃいます!」と、言った途端に私は急に窃盗の現行犯として手錠をかけられて逮捕になるのだ。例え「じゃ、二人で千円分けよっか!」と言ったとしても、そうすれば今度は二人は窃盗の共犯の関係となり、最悪このヒトに後々ゆすられる場合もある。
落し穴がいっぱい。
面倒なことになってしまった。
書類は説明を受けるところから書き終えるまでに、思ったより時間がかかったのだ。
「落とし主が現れなかった場合」の欄には「自分が受け取る」に丸をした。取りに来る電車賃とかかる時間を考えれば「受け取らない」の方が賢い選択だが、意地でもこれは自分が受け取りたい。
「では、ありがとうございました」
交番を出たら、まず一番に善良な市民の服を脱ぎ捨てたくなった。
はぁ〜〜〜〜っ。疲れた。
空気が美味しい!
自分が善良な市民枠からはずれた人間なのだということがよーくわかった出来事であった。