先日、遊びに行ったO氏の家にカメラを忘れてきてしまった。
それは一昨日のこと。携帯に着信履歴が残っていたので、掛け直すと電話を受けた奥さんのNさんが、「うふふ」と、電話口で笑っている。
「?」
「うふふ、まだわからない?」
「?」
「カメラ、忘れていったのよ」
「あ”ーーー。ず、ずびばぜん・・・」
この様に私はよく、自分が元となる二次災害を他人に与えている。
またやってしまった。
さて、ではこの後いかにして迷惑を最小に抑えられるか。受話器を持ったまま脳みそ全エリアを使って考える。
1、家に取りに行く。
2、宅配着払いをお願いする。
3、そのまま預かっておいてもらう。
4、ドライブがてら持って来てよと言う。
どれだ、一番いいのは。
1は自宅作業者にとっては、仕事のリズムが断ちきられることになるので迷惑。2は梱包など面倒な作業を頼むことになってこれまた迷惑。3は自分が使うのでないと困る。4はありえない。
結局Nさんが外出をする日に、最寄りの駅で受け取るのが一番迷惑量が少ないと判断、そして今日は青山一丁目駅に用があるということで、Nさんに忘れたカメラを持って来てもらうことをお願いしたのだった。
私はたまに他人に気を使う人間だと言われることがあるが、それは今までの自分が与えた膨大な迷惑量が影響している。
またやった。
まただわ。
またなんで。
と、いうことが非常に多い。
「美味しいトンカツ屋さんがこの辺にあるから案内しますよ!」と言って、道に迷ったり、「じゃぁ私が小皿に取り分けますよ!」と名乗り出て皿をひっくり返したり、ならば自分が率先して何かをしない方がいいなと思えば、このように忘れ物をしたりしている。
だから、何かあった時にはまず”このあとの迷惑量をいかにして少なくしようか”に脳みそが反射的に行き、それが人の目にはあたふたと人に気を使っているように見えるらしい。
違う。
ただ、てんぱっているのだ。
今日は待合せに1分も遅れるな。
スムーズに行こう。
気を引締めて出たので、20分前に着いた。しかし、今日は実は朝起きた時からちょっと調子が悪いのだ。メマイと吐き気がしていて、すっきりしない。
<また胃腸炎?>
無事、Nさんと待合せがうまく行き、「で、私がカメラを忘れたらシャレにならないわね、ふふ」と言いつつ、カメラを頂き、短いお茶タイムをして駅でNさんと別れたのであった。
帰り道、やはり具合が悪い。
なんだろう、この気持ち悪さは。
代々木上原という乗り継ぎの駅のホームで、ベンチで休んでいたが、急に吐き気が襲ってきた。
ゲー。
ホームにゲロを吐いてしまった。
よく道端や駅に嘔吐物が落ちていて、「何なの!誰よこれ!」とムっとしたりするが、今日初めてわかった。片付けられるだけの元気があるのなら、まずゲロを吐くまでには行かないのだ。私も片付けようと思ったが、とてもそんな調子でなく、電車にそのあと乗って帰るのがやっとだった。
私が見捨てたこれらは、誰かが不快な気分で片付けるのだ。
ごめんなさい。
犬も歩けば棒に当たる。
お犬さまは素晴らしいです。
自分は外に出れば、毎回何かしらの迷惑及び失敗をしているのである。