投稿日:2008年06月29日

2008年06月29日

先日、可愛いハンカチを見つけて買おうと思って開いたら、柄にドクロマークがついていた。
ドクロマークがネックとなって、結局その品は買わなかった。残念・・・・可愛いかったのに。
私はドクロ物は身につけないし、一つも持っていない。
ドクロってどうなんだろう。
「幸せを呼ぶドクロ」というのは聞いたことがない。私にとっては縁起の悪いアイテムでしかなく、だいたいドクロなんてものは自分のが一つあれば十分だと思うのだが・・・・。
実家の父が「ワシにかかってくる電話は墓のセールスばっかりなんや」と怒っていた。で、怒っているわりには「しかし、よう知っとるわ。ワシが死にかけの爺さんということを。」と言っていたが、例えば父にドクロマークのついたシャツを贈るとしたら、墓地のセールスの電話と同じニュアンスを受けるだろう。
敬老の日にお姑さんに、ドクロマークのキーホルダーなんぞあげた日には、「あの嫁はこれで早くあの世に行けって、あの世用のキーホルダーをくれよった。」ということにもなりかねん。
ドクロをつけているのは、元気はつらつピチピチの若い人達。下北の路上で座っていても別に発熱もせずにいられる生命体としての強い個体なのだ。
ドクロ指輪をはめ、ドクロパンティを履き、ドクロTシャツを着てドクロマークのキャップを被り、ドクロベルトをする。ドクロバッグを持ってもドクロとは程遠いピチピチ体型で居られる。
一体なんこドクロを持ったら気が済むんですかい。
かつて私にも河原町でウンコ座りをしようとも、別に具合いが悪くならなかった時期があった。生命体としてまだ強かった時期は相当不気味なアイテムを「可愛い!」と言って身につけていたのだ。
だが今はもうだめ。
ドクロを身につけたら、ドクロの呪いにやられそうな気がする。
ドクロは元気人のしるし。
ドクロファッションの良さがさっぱりわからない私なのである。


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