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投稿日:2007年10月14日

2007年10月14日

鉄道記念日。
私にとって思い出深い電車は阪急電車だ。もう最近はなかなか実家に帰っていないので、乗る機会も少なくなり、今は車両がどんな感じなのかもちゃんとは知らないが、自分の身長がだんだん伸びていく様を私はあの電車の中でつかんでいったのだ。
物心ついた時、どうして座席に座りたかったのか。
それは外が見えたからだった。
ドアが閉まってしまえば、今は扉の脇にもたれて外の景色を眺められるが、当時は背が足りなかった。背のびをしてようやくちょこっとだけ景色が見えたが、その全貌が見えない。いいな、大人って。背のびをせずに外が見えるんだ。
座席を譲ってもらうと、母が怖い顔で言った。
「靴を脱ぎなさい!」
一番前のレールが見える場所も好きだった。
だけど、あそこは男の子の場所。
ちょっとだけ、譲る気持ちがあったように思う。
「しゅっぱーつ」
「進行〜」
出発だが「しゅっぱーつ」という言い方がよかった。
そこがプロの運転手さんだった。
吊り皮に手が届いた頃は嬉しかった。
もうちょっとで大人のように余裕でつかまれる。
動物園のオラウータンのように、吊り皮にかろうじてブラ下がりながら、それが私の夢だった。
母は私が幼く見えるのをいいことに、中学生になってからもしばらくは「子供用」の切符を私に買わせた。私はそれが不服でしょうがなかったのだ。「バレちゃったらどうしよう」と、ドキドキしたし、あれは子供に店に行って万引きをして来なさいと命令をするのと、変わりはないと思うのだ。「嘘つきは泥棒の始まり」と、言っておきながら「いいわね、おねえちゃんは小学生よ」と言われていた。怖かった。しくじってはいけないと緊張をした。あれは何なのだ。母親というのは、独自の辞書があるらしい。
吊り皮につかまれるようになると、今度は座席に座るのが恥ずかしくなった。自意識過剰、丁度思春期の頃でもある。私は座れる車両の中でも時々ドアの辺りに立っていた。それはブルガリアヨーグルトを砂糖抜きで食べるのと同じぐらい大人っぽいことだったのだ。
中央線に乗りながら、ふと阪急電車を思い出すことがある。乗り心地は阪急電車の方がなめらかだった。好きだったな、あの電車。と思い浮かべたりする。
子供達はみんな電車の中で背が高くなる。
私の電車は阪急電車だった。