はじめに

〜このWeblogの生い立ち〜

2000年1月〜2001年の暮れまで、私は目覚めてから眠るまでを病室のベッドの上で過ごしました。入院生活が1年と4ヶ月が過ぎようとしていた頃、友人が「無料のHPがあるけど、気晴らしに書いてみたら?」と、提案をしてくれたことがきっかけとなって、ポケットボードという物を入手し、日々思うことを綴り、それを友人の携帯に送ってUPしてもらうという形で日記はスタート。住む場所、職業、性別、何も明かさずに始めた日記でした。

「wasa-b」は、当時お気に入りだったわさびふりかけから命名。

投稿日:2014年07月09日

2014年07月09日

病院の帰りに、前から行ってみたかった老舗のパン屋さん「ペリカン」に寄り道をした。

ここは「浅草特集」でテレビや雑誌に度々出ているお店。置いてある商品は食パンとロールパンなど数種類しかないのに連日お客さんが絶えないのだそうだ。

地図を見ながら行ってみると地味な店構えの小さいパン屋さんがそうだった。

中に入るとパン屋さんというより、パン工房のような場所。店内にはロールパンの袋詰めが数点、午後2時前にお店に入った時点で既に今日分の食パンは売り切れだった。予約で取り置きの食パンがいくつも並んでいて、ロールパンの袋も私が一つ買ったすぐあとにお客さんが2袋手にしていたので、あやうく買えないところだったのではないだろうか。

今日、明日は浅草寺でほおずき市が開催される。ほおずき市は行ったことがないので、明日は寄り道が出来たらしてみようかなぁ。

ペリカンで買い物をして、国際通りを右折して、雷門の前の道を通る。いつもこの通りには人力車が数台停まっていて、日焼けをした筋肉質の若いお兄さん達がお客さんを待っている。前を通るとちょうど若いカップルが乗ろうとしていた。

家に帰って早速ロールパンを一つ食べてみた。

素朴な味。

私は給食のコッペパンが嫌いじゃなかった。

美味しくない日もあるのだが、美味しい日もあった。

”美味しい日”のあのコッペパンの味がした。


投稿日:2014年07月08日

2014年07月08日

今日は病院の予約時間の前に、高校3年生の時の同級生源ちゃんと岡さんと丸の内で待ち合わせをしてランチをした。

源ちゃんは、同じく同級生のつじんと結婚して今はカナダのトロントに住んでいる。去年の5月にトロントで泊めてもらってあちこち連れていってもらったのが新しい思い出だ。岡さんはつじんと源ちゃんの結婚式の時に一緒に司会をしたコンビ。でも会うのは久しぶりだ。岡さんは関西に住んでいるものとばかり思っていたら、東京に住んでいるとのことで、今は品川在住なのだそうだ。

二人共変わらないなぁ。

今は一家の頼もしい大黒柱。たまに会話の中で仕事モードの顔が見え隠れして、すっかりビジネスマンになっているんだなぁと尊敬しながら、素敵に年を重ねているのを見るとなんだか嬉しい。

また会おうね。

忙しい中、時間を割いてくれた二人に感謝!

今日は晴れ。真夏日で一気に気温が上がった。

病院からの帰りは神田明神に立ち寄って、それから入谷の朝顔市が今日までなので、車で前を通ってみたら最終日だけあって人出がすごかった。数年前に来たことがあって、その時と景色は変わらない。道の反対側には屋台の食べ物屋さんが並んでいて、鬼子母神の側には朝顔を売っているお店がずらり並んでいる。祭りスタイルで売り子さんが忙しく働いていた。

明日、明後日は浅草ではほおずき市が開催される。

下旬になるとあちこちで盆踊りが開催され、隅田川の花火大会もある。

東京の夏が始まったのだ。


投稿日:2014年07月06日

2014年07月06日

前から調子が悪かった外付けのハードディスクが壊れてしまったので、昨日と今日はデータを移し替えたり、音楽ソフトのインストールをしていたらあれよあれよという間に過ぎてしまった。

別にジっと見ていなくてもいいのだが、faxを送信したりパソコンにインストールをしたり、プリンターでプリントアウトしている時、ついつい見守ってしまう傾向にあって、それで作業が終わるまではどうも落ち着かない。

kompleteというソフトの最後の一枚のディスクをインストールし終わって、動作確認をしたらやっと一息ついた。一時は音楽もののデータや思い出の写真を全部なくしてしまうのかと焦ったので、ホっとする。パソコンやメカの不具合に遭遇した時はヒヤヒヤするのだ。

台東区の入谷では今日から3日間、朝顔市が開催される。

前に一度行ったことがあって、市で買った朝顔の鉢はその年の夏の間元気に咲いていてくれたっけ。

朝から夜遅くまでやっているそうなので、病院からの帰りに立ち寄れたらいいな。

明日は七夕。

一年に一度の七夕であり・・・。

だけど、あぁそっか。

毎日、どの日だって一年に一度しかない日なのだ。


投稿日:2014年07月04日

2014年07月04日

本日小雨。

病院の帰りに神田明神へ行く。雨の日、神馬のあかりちゃんはどうしているのだろうと気になって今日も来てしまった。

中に入るとあかりちゃんは居なかった。雨に打たれていなくてよかったと思ったが会えなかったのはちょっと残念。だが、あかりちゃんもずっとあそこに居るわけじゃぁないのだ。夜になれば室内のどこかに移動していて、今日みたいな天気の日にはみんなの前に姿を見せないということになっているのだろう。

お参りをして帰ろうと思ったら、「テレビ東京の取材なんですけれど」と敷地内で声をかけられた。”卒業文集に書いた夢は叶いましたか?”というテーマで取材をしているのだそうで、確かピアノの先生か何かになりたいと書いたんじゃなかったかなぁと答え、自分の夢は「叶った」と思いますと答えた。直前に七夕の笹を写真におさめたばかりだったので、七夕に関するテーマだったのかもしれない。「卒業文集」は私はその存在もすっかり忘れていて、何を書いたか正確に思い出せないし実家に文集自体があったかどうかも思い出せない。でも自分の夢は、小学生の頃から一途に「音楽のこと」だったから、夢は叶えられたはずだ。

夢はだがいっぱい叶った。

こうして退院をしてここにお参りに来ていることも、一番最近叶った夢だ。

神田明神を出たら、家に向かって帰り道を選んで運転をする。

今日の寄り道は蔵前橋通りを通っての寄り道。清澄通りを越えた鳥越神社近くに車を停めてちょこっと散策をする。

SyuRoという雑貨屋さんに入ってみる。

お店にある品物は日用雑貨なのだが、モノ作りの豊かさが感じられなおかつ手が出せる値段で売っていてちょっとした贈り物に品物を選びたいそんなお店だった。店の奥では職人さんが作業をしていて寡黙な雰囲気だったが、小さい茶器でお茶を出していただいた。

おかず横町を散歩してからは国際通りでまた寄り道をする。

タイガービルはレトロ風、ではなく本物のレトロビル。ビルの入り口を入ったところは古い建物独特のニオイがしていた。一階にはチェーン展開をしている家具屋さんのNOCEが入っていた。

そしてそこから徒歩数分の文具店「カキモリ」。

洒落た文房具店でボールペンや万年筆、それからオリジナルのノートをその場で製本してもらえるようで、小さなお店で駅から離れているにもかかわらずお客さんが結構訪ねていた。

今週の病院通いはこれでおしまい。

なので寄り道もお休みかぁ。

病院通いに寄り道をひっつけたらなんとなく楽しくなってきた。

来週の寄り道は隅田川が見えるカフェを探してみたいのだ。


投稿日:2014年07月03日

2014年07月03日

血小板数が低くなっていたので、今日は血小板の輸血を受けることになった。

血小板が届くまで時間があったので、近くの神田明神とそれから門前仲町にある富岡八幡宮を訪ねた。

神田明神の神馬、あかりちゃんは今日も参拝客の人気者。だがあかりちゃんの心は一途な様子。先日会った初老の男性が今日も居て、あかりちゃんは男性のそばにずっといた。

その後まだ時間があったので、門前仲町の富岡八幡宮へ行く。

ここは横綱力士碑があり、知らなかったが新横綱が誕生すると相撲協会立ち合いのもと、刻名式が行われるのがこの富岡八幡宮なのだそうだ。ここは江戸勧進相撲の発祥の地なのだそうで、境内では本場所が開催されたこともあったらしい。

丁度改修中か何かで工事の音がしていた。

病院に戻って血小板の輸血が終わったら夕方の5時。

今日はエネルギー配分ミス、ちょっとくたびれた。

明日はスローペースで行こう。


投稿日:2014年07月02日

2014年07月02日

放射線治療3日目。

予約時間の13時に名前を呼ばれて、病院を出たのが13時20分過ぎ。お天気もよかったので帰りに病院近くの神田明神でお参りをした。

昨日もここに来たのだが、今日は敷地にいる神馬のあかりちゃんをパチリ。人なつこい仔ではないがおとなしく囲いの中に居る。芦毛の馬なので年を取ると毛が白くなるのだそうだ。昨日、あかりちゃんにエラく詳しい初老の男性がそこに居て、いろいろ教えてくれたので、近所の人なのかなぁと思っていたらどうもここの職員さんのようだった。

「オレが居る時は、オレにべったりなんですよね」

確かにとっても懐いていた。

神田明神でお参りをしたあと、その近くに折り紙会館というビルを見つけたので入ってみた。

ここは和紙や千代紙を扱っているフロアや展示のフロア、教室のフロアとビル全体が折り紙に関するもので、駅からは少し距離がある不便なところなのに年配の女性達が結構訪れていた。神田、湯島エリアにはまだこんな穴場のスポットがありそうなので、この夏は夏休み気分で外来の帰りは寄り道を楽しもうかなと思う。

なんせ今月は平日、毎日病院に通うのだ。浅草、スカイツリー、合羽橋、上野、秋葉原、隅田川を毎日通過するわけで、引っ越しをするまでは年に数回ぐらいしか訪ねることがなかったエリアなのでまだまだ知らないところだらけ。これを機会に寄り道を重ねるのだ。

帰りは蔵前通りを選んでみる。

病院からの帰り道はいろいろ道を選べるのだが、浅草の少し南に位置する蔵前エリアは、最近アーティストの人達のギャラリーやお店などがちょこちょことあって、寄り道をしてみたいなぁと以前から思っていたのだった。

今日はその中の一軒、KONCENTというお店を覗いてみた。

ちょっとギャラリー風、好きなテイストだ。

少し買い物をして店を出る時にこの辺りのおすすめショップのオリジナルマップをもらった。これで気になるお店を少しずつ訪ねてみよう。

今日は夏のようなお天気だった。

おもちゃ問屋や花火問屋を越えて、隅田川を渡って。

スカイツリーがでっかく青い空に映えていた。


投稿日:2014年06月28日

2014年06月28日

土日の病院は静かだ。

昨日の朝に、月曜日退院が決まった。

それで昨日は退院に向けて、赤血球と血小板の輸血を受けたり、放射線科に治療の最終確認に行ったりして、一日中忙しかった。

今回の入院となった頻脈と低血圧の原因は結局何だったのかは特定出来なかったのだそうだ。2月の肺炎の時も結局原因はわからないまま。今回は脱水があったこと、たんのうが腫れていたのと、肝臓の数値が一時的に悪くなったこと、炎症反応が少し高くなったことが検査上では出ていた。

ネットでキーワードを入れて検索をしたら「脱水症」というのが出てきて、輸液を3日間受けたことやそれまでの食欲不振も合わせたら、うーん、もしかしたらこれに近いのかなぁと思ったりもしたが、正解はわからない。

でもなんだかとってもしんどかった。

今日はのんびりした一日だった。

赤血球の輸血後は特にてきめんに身体が楽になるのがわかる。輸血のお世話になってもうすぐ2年、私の身体は血液の赤ちゃんを作らなくなってしまったが、そろそろ頑張ってまた自分で血液を作れるようになりたいなぁ。

静かな病棟。

退院までもうすぐだ。


投稿日:2014年06月26日

2014年06月26日

この間の入院で友達になったこばちゃんが、外来のあとに訪ねてくれた。

最近、こばちゃんは昔のような特別な力のアンテナがまた敏感になってきたらしい。

ステロイドのせいかなぁと言っていた。

目には見えない不思議な力の存在を私は信じている。自分にはその能力はないのだが、そういう話から特別な力のある音楽の先輩のことを思い出した。

彼女はコンサートツアーのお仕事でひどい足首捻挫をしてしまったのを、自分の手でさすって一日で治してしまったことがあるのだ。

こばちゃんに、その話をしてこばちゃんの手にもきっとそういう力があると思うと言おうとしたら、

「あのね、私も今までずっとそうやって息子達を治してきたのよ」

と、先に言われてしまった。

先輩もこばちゃんも、共通しているのは、周りの人達に常に愛を放っているところ。

こばちゃん、まず自分の身体にその力を使ってよと言ったが、そうだねと言いながらよっしーが元気になるようにと背中に手をあててくれて、また別の病友の顔を見に行って来るわと言って15階へと上って行ったのだった。

「今日も黄緑色が見えるのよね。」

オーラのことだ。

ひぇーっ、見えるんだ。すごい。

きっといろいろ大丈夫。欲を言えばよっしーが治療に対してもっと前向きになれたらもっといいよと助言をもらった。

不思議な話は、もっと前は知り合いの知り合いの話レベルでやや現実感のないものだったけれど、長く生きているせいか、直接本人に聞くようになって、身近なものになってきた。

想いの力は確かにあると思う。想いを私はいっぱい受けている。今までもそう、今も。

Facebookではここ3日、続けて訃報のを目にしている。私自身はご一緒させてもらったことはない方々なのだが、友人を失うことがこんなに寂しく残念なことだとは、若い頃には想像もしなかった。

偶然のように出会い、それからどこかでつながって時間を重ねることが、どんなに人生を豊かにしていたかを、こういう別れで痛烈に感じる、友や出会った人達すべてのご縁は本当に選ばれた出会いだったのだとあらためて思う。

たくさんの出会いがあったなぁ。

私達は、思っている以上に、たくさんのかけがえのないものを手にしているのだと思う。

友人が病気と闘っていることを新たに知ったりもする。

乗り越えて行こうよ、共に。

まだ私も出会えた人達とこの先も一緒に笑ったり、言葉を交わしたりしていたい。

目指すはやっぱり93歳で、一人庭の花の手入れをしているお婆ちゃん。今晩はグラタンにしようかしらとのんびり午後のお茶タイムをしていたいのだ。


投稿日:2014年06月25日

2014年06月25日

いつも、ほっこり洞に遊びに来て下さってどうもありがとうございます。ここ最近は重たい内容が続いていましたが、みなさまからのご心配、温かい想いに力を頂いて心細い毎日を救われてきました。本当にありがとう^ ^

昨日の夜、ようやく呼吸器外科の先生が説明の時間を取って、治療についてのことを話して下さいました。

まずは胸腺腫は放射線治療を20日間、おそらく来週月曜日から平日毎日の通院で7月末まで治療を受けます。その後経過を8月に診る流れとなりました。

血液の治療は免疫抑制の強い薬を使うので、それによって胸腺腫がまた暴れることがないよう、抜本治療でなく今まで通りの輸血対応になりそうです。なので、通える治療ということで、近々退院になりそうです。

ようやく辻褄の合う説明をもらえてホッとしました。この先は、患者数が多くはない二つの病気の治療であることで、風邪のようには簡単には行かないとは思いますが、日常生活に戻れることはとても嬉しく、また少しずつ暮らしを戻していく予定です。

一日一日を、まず基本的に幸せであるということをかみしめながら、有難く大切にしたいです。

穏やかでなんてことのない一日が大好きです。いつからかそういう幸せには気づくことが出来るようになりました。

感謝を込めて。

みんなの毎日も穏やかでほっこりした日々でありますように!

今後共どうぞよろしくお付き合いください!


投稿日:2014年06月21日

2014年06月21日

今朝の採血で血小板とヘモグロビンの数値がまた輸血レベルに下がっていた。

血小板は2万まで下がっていたので、明日輸血を受けることになった。

今回の入院で、各科の申し送り機能がよくないとわかってから、血液内科で受けていた治療の流れを呼吸器外科でも把握してもらおうと、今朝の採血も当初は予定になかったのを、そろそろ血小板が減ってきている頃だから一度確認して欲しいと頼んでしてもらったのだ。

結果はやはり今日のタイミングでの採血で正解だった。

治療に物申すつもりはないが、血小板は下がり始めると一気に下がる。遠慮して言えなかったことで、脳内出血を起こして死んでしまったら私はきっと邪悪な霊となってその後何百年も病院に棲みつくだろう。

そんな歪んだ道を、私だって選びたくはないのである。

はぁーあ。

「私は身体だけは元気でねぇ」

と、93歳ぐらいでまだ庭仕事が趣味だったり、お買い物に出かけているような「マイペース元気婆さん」になりたかった。DNAあみだくじでうまいこと行けば、家系的にはそれも掴めるはずだったのだが。

午後、叔母が訪ねてくれた。

そのあとで。

今日は久々にダンボとの再会が出来た。

もちろん病室に犬は連れては来られない。だが、車で病院の駐車場にやって来てそこに私が会いに行ければ、ダンボと会えるんじゃないかという友人の提案で、「そうか!そんなことが出来るのか!」と気づき、嬉しい嬉しい再会を果たすことが出来たのだった。

「ダンボちゃーん!」

車に乗せられたダンボと再会した時、珍しくダンボは「あっ‼」という顔をした。そして私の予想に反して興奮して喜んでくれた。

気まぐれネコみたいなダンボが犬みたいに接してくれるだなんて。

「ダンボちゃん、元気だった?」

まぁ…5分ぐらいすると私への興味もなくし、よそよそしくなり、私と居るより早く家に帰りたいモードになっていたが、それでもとっても私は嬉しかった。

昨日泣いたカラスが、もう笑ろた。

悲しくて仕方なかった次の日に、心から嬉しくなることは、また出来る。

そうして、つないで、つないで、行こう。