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投稿日:2013年03月21日

2013年03月21日

「チョコレート、買ってあげようか」

私が幼稚園児の頃のこと。

家の前で遊んでいたら、おじさんが私にそう声を掛けてきた。

みたことのないおじさんだった。

電信柱にチラシを貼付けていてこの辺りにやってきていたみたいだが、子供心にこの人は危険な人じゃないかと判断をしたのだ。

子供ながらに<悪い人だと思っていることがバレないように、おじさんを怒らせないように、だけどこの場から逃げなくちゃ>と頭の中で一気にいろんなことを考えながら「いらない」と断ったのを覚えている。おじさんからそっと遠ざかって家に逃げなくちゃとドキドキした。

あのおじさんが本当に悪い人だったのかどうかは、今でもわからないのだが、だが電信柱にチラシを貼りながら知らない女の子に「チョコレートを買ってあげようか」と話しかけること自体、やっぱりあまり好ましくない行動なんじゃないかなと思う。チョコレートを売っているような店は近所にはなかったし、「うん」と言ってついていったら、一体どこでお菓子を買って私にくれるつもりだったのだろう。

世の中には子供が関わっている未解決の事件がある。

ほんの3分の空白の時間、その間に子供が消えた。そんなことが多いが、あの日の私もそんな感じだった。だって私はその時家のまん前で遊んでいたのだ。交通量の少ない、駅からも遠い静かな住宅街で、近所の人しか通らないような安全な場所。電信柱にチラシを貼っている仕事の人なんて、その家に住んでいた時はその一度しか見なかった。そんな仕事があることさえその時に初めて知ったぐらいだった。

いつも知らない人について行ったらだめだと厳しく言われていた。

でも抱きかかえられてしまったらきっと抵抗は出来ない。

全く思いもよらぬ誰かがふと静かな住宅街に立ち寄ることだってあるはずだ。

「チョコレート、買ってあげようか」

多分、あの日私があったあの男は「どこかで子供に会ったらそう言ってやろう」とその日の朝から思っていたのではなかったと私は思う。ほんの一瞬でそんなことが男の頭に浮かんで予定外に声を掛けた。そうしてもし私がついてきたらそのまま男にとってもっと予定外だった道へと進んでしまったかもしれない。

家に帰ってとても怖かったことを多分母に話したと思う。

が、あまり重大なこととして捉えられていなかったような気がする。

生きていてももうおじいちゃんになっているであろうあのおじさん。

私の目からはこう映っていたが、あの日あなたは何を考えていたのかとふと訊ねてみたくなった。