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投稿日:2009年12月10日

2009年12月10日

私の住んでいるところは袋小路になっているので、通りすがりの人が家の前を歩くことはまずない。ここに住んでいる人か、配達のお仕事で来る人、あとは住人を訪ねて来る人やガスや水道メーターの検針にやって来る人・・・。まぁ限られた人しかこのエリアには入って来ないはずのだが・・・。
実際は違う。
単に私が見ていない、というだけの話なのである。
ポストを開けるといつも何かしらのチラシが入っている。ピザ屋さんのチラシだと一週間に一度ぐらいどこかの店のものが入っているので、もうこっちの管理が追いつかなくなった。次に多いのは土地を探していますというチラシ、それから分譲マンションのチラシで、こちらも私には関係のないチラシになる。他には不要品引き受けますのチラシ、お墓を買いませんか、塾の案内にリフォーム案内・・・etc・・と各種チラシが、私の知らない間に入っているのだ。
取り出しても取り出しても、次にポストを開けたらまた新しいチラシが入っている。
なんだか最近は、ポストを空にすることが、知らない人の仕事上で出たゴミの一部を捨ててあげる行為のように思えてきて、ちょっとストレスになってきたのだ。
チラシはいらない。
いらない。
今日は、部屋の中から偶然チラシのポスティングをしている男の人を発見した。奥の家のポストから順に回っている所だった。ということは、もうすぐ家に来るということなんだわ。
ポスティングの人は家人が見える場所に居ると、そこの家にはチラシを入れずに行くという習性がある。
今なら間に合う!
急いで玄関に行ってドアを開けた。
<ガラッ>
すると、タッチの差で私の方が遅かった。
男性は私と目も合わさずに二階の人のポストにシュシュッとチラシを入れ、背を向けて知らん顔で歩いて行ったのだった。
<知らん顔>が無性に腹立たしい。
おのれ〜〜〜。うむむむむーーー。
しかし、どのチラシが彼のチラシかが特定出来ないのだ。
家の前に出てしまった手前、しばらく去って行く背中を見つめていた。
『あなた、行っていらっしゃい。はやく帰っていらしてね』
どうしてこうなるの。
まるでその光景は、”旦那を送り出して家の前で見送る妻”の図であった。


投稿日:2009年12月09日

2009年12月09日

ダンボの餌はこの数年ドライフード、彼には一日2回のご飯タイムがある。
その他に少しのオヤツがある。
食べ物は、以上で終わり。
これだけだ。
考えてみれば、犬の楽しみは食べることと散歩ぐらいしかない。暇つぶしにゲームをすることもなければ、メールで愚痴を言える場所もない。散歩で外に出られたとしても首にはヒモがつけられていて自由に好きなところには行けないし、食べ物にしても与えられた物以外はありつくことが出来ないのだ。
自分の好きな食べ物も買いに行けないし、その楽しみの食事が月曜日も火曜日も、春も夏も秋も冬も、ず~~~っと毎日同じだなんてと思ったら、人間ではあり得ないことだなと思うのであった。
人間の”悲惨”はせいぜい、<作りすぎてしまったカレーを5日続けて食べた>程度だ。あとは昼が必ずソバになるという働く男性が居たり、「あら、昨日もそう言えばハンバーグを食べたわ」とうっかり忘れて二日メニューを選ぶということはあるぐらいなのだ。
・・・・・。
今日もご飯の時間になると、ダンボは狂喜乱舞して私の足下でご飯を待っている。私の食事タイムが終わると、自分の番が来ることを知っているので、私が食べ終わる頃から興奮してぶつかって来たりするのだが、これがもうウチでの日常になっているのだった。
昨日も一昨日も食べたこのウサギのフンのような餌を食べる時が、サイコ〜に幸せらしい。
こんなに喜んでくれるだなんて。
ご飯をもらえることが、幸せなダンボ。
昨日食べたのと、同じやつだよ。
いいのかい。
宝くじに当たったら、私もこれぐらい飛び跳ねるんだろうな。
ま、いいや。
毎日、彼はとっても幸せみたいなのである。


投稿日:2009年12月08日

2009年12月08日

テレビで、リポーターが食べ物の取材をやっている時のお決まりの文句で気になっていることがある。それはとれたての野菜を口にした時に発する「甘いですね〜!」という言葉なのだが、私は今まで100%と言っていい、野菜のお味の感想は「甘い」しか聞いたことがないのだ。
果物の「甘い」なら私もわかる。イチゴは酸っぱいのより、甘いのを食べたいし、キウイだってリンゴだってみかんだってバナナだって同じだ。だが、土から抜いたばかりの大根をかじって「あ、甘いですね〜」と言われても、私としてはどうしていいかわからない。野菜ではせいぜいトマトの「甘い」までが自分にわかる範囲だろう。しかもトマトにしても、私は別に甘くなくていいのだ。水っぽいより濃い口あたりがいいなとは思うが、イチゴのような位置づけを求めているのではないので、甘さは問わない。どっちでもいいのだ。
しかし、野菜を紹介する時はみなさん「甘い」とおっしゃる。
ラディッシュをかじって「甘い」
きゅうりをポリっとやって「甘い」
白菜も「甘い」
ケーキのリポートでは「甘い〜」と言わないのに、みんなおかしいのだ。
ラディッシュは甘くない。
きゅうりはカブトムシの味。
白菜も甘くはない。
と、私は思う。
野菜は、いくら新鮮でも、別に叫ぶほど甘い食べ物ではない。
ケーキを食べた時のほうがよっぽど「甘い!」。
だいたい野菜は塩味で調理する場合が多いではないか。だったら最初から既に漬け物味になっている野菜があったり、ダシ風味の大根があったりした方が私は「食べてみたい」と思う。一体何の為にテレビの人全員が「甘い」と言うのか。
あまりにしつこくテレビで野菜を「甘い」と紹介するので、もう最近はそういう紹介がうるさくなってきたのだ。この笑顔が信じられない。そうだ、この人は仕事を頑張っている人で、私に美味しい野菜を教えてくれる人ではないのだ・・と思って見るようになってしまった。
私は今まで野菜を食べて「甘い」と言ったことがない。
でも我が家では、新鮮野菜を使用しているのである。


投稿日:2009年12月07日

2009年12月07日

ブォ~ン、ブォンブォンブォン。
ブォオオオオ~~~ン。
また始まったか・・・・。
私の寝ているベッドの窓の向こうが駐車場なのだ。ここに2台の車が止まっているのだが、寒い季節になると持ち主が車を出す時にエンジンを暖める為結構長い時間アイドリングをするのだ。
短時間なら気にならない。だが、アイドリングも長時間になると雨戸と窓ガラスをすり抜けて排気ガスが家の中に侵入してくるのだ。これがとっても臭い。そうして、私は毎朝ベッドに居ながらにしてバスの後ろで待っているバイク時の状態となっているのだった。
郊外型のスーパーの広い駐車場やなんかでも、たまに「前向き駐車でお願いします」という看板を見かける。あの時は出庫しにくいのになんでなんだろうと思っていたのだ。エンジン音がうるさいから近所の人から苦情が来たのかなぁ?位にしか考えていなかったのだが、あれは音のことじゃない。
ブォ~~ン、ブォンブォオオオン。
あぁああああ。また出勤なんですね。
早く行ってくれ~~~。
ひとしきり空ぶかしをして、最後に大きなのを一回ブォオオン!とやってからようやくご主人は車を出して去って行く。クレームをつけられたらいいのだが、ご近所さんであるということと、「お宅のアイドリングで部屋に排気ガスが入って来るんです」と訴えたところで、「あぁ、それは申し訳ないことをした」と思ってもらえるとは思えない。子供が騒いで階下の人が「ドンドンされてうるさい」と言いに行くという話は聞いたことがあるが、排気ガスについては一般的には迷惑を被る人は、物音に不満を抱えている人よりも数にすれば少ない。従ってそんなことを訴えてもわかってもらえる率は低いということになるのである。
「あそこに住んでいる人、排気ガスが家ん中に入ってくるから、エンジンをかけるなってこの間言って来たんですよ」「まぁ、なんて神経質なんでしょう?エンジンかけるなって、そんな、無茶な話ですわよね〜」といつのまにか、極端な話にすり替わって私はクレーマー女として一気に変わり者になってしまうのである。
ブォ~ンブオオオオオン。
ブーーーーーン。
行ってらっしゃいませ、ご主人様。
私の冬は、毎朝排気ガス時計で目覚めるところから始まっているのである。


投稿日:2009年12月06日

2009年12月06日

友人が近況に添えて、家の近くで見つけたという枇杷の花の写真を送ってくれた。
今の家に引っ越して初めて見つけたそうだ。背が高いのでなかなか花が見れずにいたのが、今年は低い木に咲いているのを見つけたということで、私も花を見るのは初めてのことだ。「枇杷」と聞けば私は口の中がシブ〜くなる。「梅干し」と聞いたら口の中が酸っぱくなるのと同じで、何故か枇杷は昔食べた味の印象でそう残っているのだ。そしてこれまた何故かしら、”おばあちゃん”のイメージがあり・・・・、シワシワでちょっぴりひからびた果物が私の抱く「枇杷」なのだった。
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でも、花ってこんなに綺麗だったのかぁ・・・・。
可憐な姿が意外だった。
散る時期あれば、咲く時期あり。
枇杷は今、花盛りの季節なのだ。


投稿日:2009年12月05日

2009年12月05日

「散歩の達人」という雑誌がある。
<大人のための首都圏散策マガジン>というサブタイトルがついていて、東京のあちこちの街を取り上げている雑誌で、私も大好きな雑誌の一つなのだ。街ブラの雑誌というのは女性が手にしやすいタイプのものがほとんどの中、この散歩の達人は路地裏の昔ながらの焼き鳥屋さんやちょっとマニアックな看板が収められていたり、”お洒落な”作りではなく、独特の目線でその街を捉えている。ゴツっとしたリアルな読後感が得られるので、男女問わずこの雑誌のファンは多い。
sanpo.jpg
その「散歩の達人」12月号のイラストが、元ご近所さんで今も仲良くさせていただいているモリナガ・ヨウさんなのだ。前の家では、いつも家にいる様子のこのモリナガさんが何をやっている人なのか、すご〜く気になっていた。家のそばで会うと大抵モリナガさんは作業エプロンをしている。そしてたまに二人連れでお勤めをしている風の人が家を訪ねていた。今思えば、訪ねて来る人達は出版社の人達だったのだが、当時は謎の仕事人として、興味津々なヒトだったのだ。
モリナガ・ヨウさんの絵は、私が子供の頃に繰り返し眺めてボロボロにした絵本辞典の中にある「いえ」のページを思い出す。「いえ」のページには、数軒の家が描かれていて、その中で人が暮らしている様子が描かれているページだった。子供部屋には子供が勉強をしている。お母さんは洗い物をしている。ここにはピアノが置いてあって、女の子が練習をしていたりと、隅から隅までどこを眺めてもワクワクさせられる魅力があった。
今号の散歩の達人は「銀座」がテーマになっていて、表紙のイラストは昭和30年代の銀座の景色が描かれている。路面電車が走り、百貨店があり、だがまだそれほど高いビルが建っていない頃の銀座だ。
昔の銀座ってこんな感じだったのかぁ。
モリナガさんのイラストはやっぱりワクワクする。
銀座は普段、私はどこをどう歩いていいかわからない街だ。高級店が並んでいるし、馴染みの店もなくちょっと敷居の高い印象のまま、少なくとも私にとっては吉祥寺の方がうんと楽しい。だけど、散歩の達人の銀座を知れば「行ってみたいな」という気にさせてくれる。
今一番お勧めの本なのだ。


投稿日:2009年12月04日

2009年12月04日

今日はお世話になっているkizzna stationの開局3周年記念日。いつもは顔を合わせる機会がなかなかない番組スタッフ&メンバーがkizzna styleの川島ノリコさんの番組に集う。にぎやかな夜になりそうなのだ。
開局からお世話になっている私も、もう気づけば70回以上の放送をさせて頂いている。メンバーの入れ替わりもほとんどない顔ぶれになので、始まってまだ3年とはいえ、なんだか長いおつきあいになった感じもする。年齢も音楽を始めた時期も違えば、パーソナリティとしてずっとお仕事をされている異業種の人とも一緒になれる場は、また独特の面白さがある。ちょっとしたことが、「へぇ~、そうなんだ」と新鮮に映ったり、また同じ音楽でも活動するジャンルが違うとこれまたちょこっとずつ普段見ている景色が違うので、情報交換なども出来るところも沢山ある。
今日はスタジオのある市ヶ谷に行ったら、誰も人が居なかった。お、私が一番乗りかな?と思っていたら、私は場所を間違えていて、既にもう控え室はにぎやかに盛り上がっていた。
ここはメンバースタッフ共にお酒の強い人が多い。前に私にしたらめずらしく夜中の3時近くまで残ったことがあったが、どうしても眠たくて帰った時も確かまだ5〜6名が飲んでいた。その日は朝までだったと聞いてすごいなと思ったが、今まで私が参加した飲み会はあとで聞くと全て朝までコースだった。今日もその心づもりで来ているメンバーが数人居たので、やっぱり酒豪揃いなのだ。
開局時に番組のお話を頂いた時、私は驚いたのと同時にとても嬉しかった。あまり体の具合いがよくない自分にそういう機会はもうないだろうと思っていたし、まさか声をかけてもらえるとは思っていなかったからだ。その後実際にご迷惑をおかけしてしまったにもかかわらず、こうして今も機会を頂いている。
やさしさと思いやりをひとからひとへ運ぶインターネットラジオ局。
kizzna stationのキャッチフレーズだ。
やさしさと思いやりを私はここに居る人達から沢山もらった。
愛情をもらうと、また誰かにそれを渡せたらいいなという心が芽生える。
3周年ということは、今日から4年目。
いつの間にか、肩を並べて歩いている仲間がいる場所がここにも増えていたんだなぁとにぎやかな控え室でポっとあたたかくなったのだった。


投稿日:2009年12月03日

2009年12月03日

雨。
12月に入ったのに、どうも12月の感じがしない。
紅葉とクリスマスイルミネーションが同じ景色に収まる。
そして雪ではなく、今日みたいに雨が降る。
雨が降っているよ。
「お散歩は今日はなし」
「雨だからね」
窓を開けてダンボに教えると、ダンボはお散歩がなくなることをおとなしく受け入れてくれる。
でも12月。
一年の最後の月だ。


投稿日:2009年12月02日

2009年12月02日

「人の名前が覚えられない」
「忘れ物をよくする」
「部屋がかたづけられない」
人はそれぞれ自分のネックになるところを持っている。私にもそういうものがたくさんあるのだが、そのうちの一つに「日にちを間違える」があってこれで結構恥ずかしい思いをすることになっているのだった。
今日は1日ずれて12月3日になっていた。3日であることを前提にメールを何本か送って随分経ってから間違いに気づいたのだが、内容的に再度送り直さなければ何か大きなミスにつながる、またはご迷惑をおかけするといったことではなかったので、しばらく「う〜む」と考えたが、今日の日にちを間違えていましたというメールを敢えて送るのもなんだなぁと思い、そのまま恥はかき捨て状態にしていたのだった。
夜になって、私が日を間違えて送ったメールの方々から返信があった。
返信メールのいずれにも、さりげな〜〜く私が日にちの間違いを自分で気づくような導きで文章が構成されていた。もし私がこういったメール文を書いたとしたら、通常より労力と時間は間違いなく要ったのだ。
返信を受け取って、とっても恥ずかしくなった。
今日は12月2日、水曜日。
水曜日と木曜日がどうも混同しやすい私なのである。


投稿日:2009年12月01日

2009年12月01日

「飼い猫に他人が餌をやるのはよくない」派だった私だったが、先日ネコの餌のサンプルをもらってちょっとした出来心で窓辺の塀の上にパラパラっと撒いたら、次の朝餌がなくなっていた。
「食べたんだ」
正直言って、ちょっと嬉しかった。
だって「ネコ」に縁のない私だ。
どちらかと言うと、嫌われている。
こんなに近くに居ても遠い存在の・・・と言うとなんか片思いの表現っぽいが、それぐらい接点がない「ネコ」なのだ。
ウチの敷地の塀の上は近所のネコ達の通り道。私が引っ越してきてから世代がかわったりしつつも、ここはどうもネコ道になっているらしい。朝から深夜まで、黒いのやブチや茶トラが鈴を鳴らして通って行くのだ。
この辺りを縄張りにしている数匹のどのネコも首輪をしている。「自分ん家」から”行ってきま〜す”と、探検に出かけてきているわけなので、彼らは別にひもじいわけじゃない。もしも私がネコの飼い主だったら、自分がちゃんと餌を上げているので勝手に餌をやったりしないで欲しいと思うだろう。
でも、でも。
餌でネコ達ってこんなに態度が変わるのか。
neko.jpg
サンプルの続きを昨日、同じ場所に撒いたら日中に二匹の兄弟ネコがやって来た。彼らは唯一私になついてくれたムサシが居なくなってから、斜め前の家に新しくやって来た2匹だったが、全くなついてくれず今までず〜〜〜っと無視されて来ていたのだ。
あんなに無視され続けていたのに。
今日は写真を撮らせてくれるようになったではないか。しかも、こんなに近くでくつろいでいる。写真を撮って窓を閉めたら、「ニャー!」<開けてちょうだいよ。>と、言っている。で、触らせてくれるのかと思ったらそこまでは気を許しているわけじゃなく・・・.
<ちょうだいよ。あれ>
<持ってんでしょ>
こんな所でカツアゲされる気持ちを味わうとは思っていなかったが、ネコが私の方を見て何かアクションを起こすことは本当にめずらしく、ついついサンプル餌をまたここでパラパラっと撒いてしまった。
サンプルが終わるまでのおつきあい。か・・・。
しばらくの間だけ「使えるヤツ」な、むなしい私なのである。