喫茶店に入ったら、近くのテーブルの男女の話し声が耳に入ってきた。
男性はうさん臭い感じの人で女性は綺麗な人なので、タレントさんとマネージャーさんなのかもしれない。案内された席がここだったので腰を下ろしたが、本当はもう少し静かな席がよかったと座ってからちょびっと後悔したのだ。
二人は会話からすると芸能界の人ではなさそうだが、クリエイティブ系の仕事らしい。恋人ではないが親しい間柄、男性の方が業界では先輩のようで、声が大きいので聞くつもりはないのだが、情報がどんどん聞こえてくるのだった。
女性の方は、今日の忘年会を欠席したいらしい。先方に欠席のメールを送ろうとしているのだが、その文面をどうしたらいいのかを尋ねていて、先輩の男性が文章を考えてあげている。
「先週末まで海外に出張をしていたのですが、帰国後体調を崩して・・・」と男性が言うと女性がそれを聞いて復唱をする。丸聞こえなので私も頭の中で復唱をする。
そうして、忘年会欠席のメール文が出来上がった。
のだが・・・・。
「あっ、やっぱり」
男性は今指示した文章をやめにしたいと言い出した。
「というのはやめて」
「海外出張から先週末に帰って来たのですが、その後体調を崩してしまい・・・」
と、男性が言い直し、それを女性がまた復唱をし始めたのだった。
<あんまり変わっていないんですけれど>
心の中でそうつぶやきながら、私も文章を復唱する。
「うん、こっちにしよう」
「うん、わかった」
と、これで終わったと思ったのだ。
だが、ここでまた男性が待ったをかける。
「いや、やっぱりそうじゃなくて、だな」
<どうするの?>
「先週末まで海外出張に出かけていたのですが、その後体調を崩し・・・」
<同じやん>
女性もそんなに素直に頷かなくてよろし。
細かい修正の意図がわからなかったが、その後何度か微修正を加え、メール文は出来上がった。筒抜けで私の耳に全部の会話が入っていると知らなかったろうが、最初の文と出来上がった文の違いが私にはわからなかった。クリエイティブ系のヒトの考えていることはよくわからないのだ。
その後二人はかなり長居をしていたが、めちゃくちゃよくしゃべる男性だった。
延々、俺の話ばかりをしていた。
私はこの喫茶店で書き物をしたかったのに、結局全然集中出来なかった。
店を出る時、女性に「忘年会に行った方がよかったかもね」と言いたかったがそんな隙間もなくそれでもまだ男性は俺話をしていたのであった。