ボディケアせっけんのDoveのコマーシャルをテレビで見た。
気づけばもう長い間、Doveもコマーシャルで見るようになったが、商品が出始めた頃私も宣伝を見て”今までにはなかったうるおいが感じられるのではないかしら”と使ってみた記憶がある。
その後長い入院になってしまい、お肌のうるおいどころではなくなってしまった。
二度目の手術後、外科病棟の個室で毎日を過ごしていた頃は具合もかなり悪くて、呼吸器は外れたものの、呼吸が浅いことを知らせるアラームがしょっちゅう鳴っては看護師さんに「頑張ってもっと息を吸って!」と声をかけられていたものだ。
頑張って息をしているのだが、呼吸が浅くて追いつかなかった。寝返りも打てずにただ一日中ベッドに寝た状態で息も絶え絶えなんとかその日を送ることの繰り返しだった頃だった。
寝た切り患者は看護師さんにとってはあまり気を使わなくていい存在らしい。言葉も話せずただ息をしているだけのように見える存在だったので、ぞんざいに接する人も居たし、いじわるをする人も居た。かと思えば、まるで私が病人ではないかのように普通に話をしてくれる人も居て、その看護師さんはその中の一人だった。
ある時点滴をつけかえたりしながら、返事も出来ない私に「ダブの宣伝、見てるとね。使い心地が気になっちゃうんですよね〜。使ってみたことあります?」なんて訊ねられた。もちろん会話は成立していない。表情が少し変わるのを見て彼女が判断するしかコミュニケーションはなかったのだが、それでもそんな風に接してもらったことが少なくともその時間私を病人であることを忘れさせてくれた。
「今日、帰りに買ってみようかな」
そうか。今は一緒にこの病室に居るけれどこの人は仕事が終わったら外の世界に帰って行くんだなぁ。
その時に既に私は病院に搬送されてから半年近く経っていて、病院の周りの景色がどんな景色なのかもわからないまま外の世界と離れた毎日を送っていた。そしてまさかそれから更に1年半外の世界に触れることも出来ずに過ごすことになろうとは、その時は思ってもいなかったのだが。
Doveのコマーシャルを見るとふと彼女を思い出す。
使い心地、よかったよ。と、あの時答えられなかったけれど。
私ももう彼女の名前を忘れてしまった。
彼女ももうあの大学病院には居ないだろう。それにそんな会話をしたことさえ、覚えているとは思えない。
だけど時々私は思い出している。
忘れてしまうことは沢山あるのに、たまに何でこんなことをいつまでも記憶の片隅に置いておくのだろうと疑問に思うようなささいな日常の断片をいつまでも覚えて思い出したりすることがある。
Doveのコマーシャルが続く限り私の思い出は褪せないんだろうなと思うのだった。