月別アーカイブ : 2009年12月

投稿日:2009年12月30日

2009年12月30日

Jam for joy vol.50に参加した。
最近は参加するみんなにまた会えるのが楽しみなのだ。やっぱりクラス仲間が出来たみたいな感じがする。
沢山の参加者が居るので、数曲演奏をしても一緒演奏をすることがない人もまだ沢山居る。少し前に家に届く曲順表を受け取ると「今回は誰と一緒にどんな曲をやるのかな?」と、選曲以外のメンバーのカップリングにもワクワクする。クラスの中の席替えで誰と一緒の班になるのかな?というのと同じだ。
あの子と一緒の班になって・・・。
で、その次はあの子と。
あ、この人とは初めて一緒になるなぁ。
もちろん選曲会ミーティングもあるので「この曲をやりたい」「誰々さんと一緒に演奏したい」というリクエストも出来るのだが、逆に決まるまで楽しみにして待っているのがいいという人も居るので、参加の仕方もいろいろだ。
東京に拠点を移して活動を始める頃、人や街に気後れして自分が馴染んでいけるのかとても不安に思っていたのが昨日のことのようにも思えるのに、あれからゆっくりと私にも仲間が増えた。
みんな今年はいい年だったかな。
私も振り返ればやっぱりいい年だったのだと思える。
沢山の人と交差して、自分の歩く道は作られて行く。出会いと再会という機会はあまりにさりげなく日常に用意されていて見落としがちだが、人は一人であって一人でないというそのラインをどこに設けて行くのかで、人生の温度がまた変わって行くような気もしている。
2009年、さようなら。
ほろ酔いの忘年会で私も最後に笑って終われたことが何より嬉しかった。


投稿日:2009年12月29日

2009年12月29日

「火の~用心」
「カチン、カチン」
「マッチ一本、火事のもと」
夜、部屋に居たら拍子木を鳴らしながら東の道路を歩いて行くのが聞こえた。
あぁ、もういよいよ年末モードなんだわ。
こういう古くからある慣習が今も自分の住んでいる所にあることに私はなごむのだが・・・・。
犬は違う。
夜に叫び声や音を出しながら歩く男の人は「悪人」以外の何者でもなく、いつも以上に威嚇吠えをするのだった。
「ダンボ、違うよ」
「これは大丈夫」
「火の用心だから」
犬にそんなことを言ってもわかるわけはなく、より一層怒りが増したのか更にすごい形相で吠えていた。
静かな夜に響く声。
寒い中、ごくろうさま。
私も気をつけて。
戸締まり火の元オッケーで、そして今日もそろそろおやすみなさい。


投稿日:2009年12月28日

2009年12月28日

私達にとって年の瀬であるこの時期だが、子供達には「冬休み」なのだ。
初めてのアルバイトが私はこの「冬休み」だった。
高校一年生の冬休み、近所の仕出し屋さんの張り紙を見て冬休みだけのアルバイトとして入ったのだったが、粉わさびを練ったことやキャベツの千切り機というものをはじめて見たこと、あと慶事の配膳について行ったり・・・・と、短い期間で見聞きしたものは大いにあった。
200個ぐらいのお弁当箱を洗ったのも初めてだったし、それを拭いた布巾を100枚ぐらい洗っていたっけ。家での手伝いもしない私が一気に大量の片付けを黙々としたこともアルバイトならではのことだ。
それからいくつものバイトをしたが、それぞれそこでの仕事の効率のいいやり方みたいなものがあった。きっとそこで覚えたコツみたいなものは、その後の全く違う場面で何かしら応用として使っていたりするのだろう。
初めてのバイトは時給450円だった。当時郵便局でのバイトよりちょっと高い時給だったんじゃないだろうか。
今日もどこかで。
アルバイトデビューをした子達が奮闘しているかもしれない。
「あのぅ、バイト募集してますか」
ドキドキしながらガラス戸を開けた日のことを、懐かしく振り返ったのであった。


投稿日:2009年12月27日

2009年12月27日

今日のスーパーは年越しとお正月の買い物で賑わっていた。
もう今はスーパーのお正月休みと言っても元旦の一日ぐらいで、日常生活に困るぐらい買い物が出来なくなるわけではないが、それでもなんだか「買いだめ」しておかなくちゃ困るような気分になるからおかしなものなのだ。
だから今スーパーに入ると、私は「買いすぎないように」と呪文のように繰り返し自分につぶやいている。だって買いすぎて消費期限が過ぎてしまったら、一人でそれをなんとかしなくちゃならない。かつてのように同居人に食べさせるということも出来なくなったので、ここは慎重にお買い物をしなくてはならないのだ。
慌ただしい感じもするが、くるりと見回すとイライラしたり不機嫌そうに歩いている人も居ない。みんなそんなにまんざらでもなさそうだ。
景気はよくはならないけれど。
忙しいと悩んでいる暇もない。
今年を無事に終えて新しい年を迎える準備にみんな忙しい。
人々が揃って同じ未来に向かって過ごすのが今の時期なのである。


投稿日:2009年12月26日

2009年12月26日

信号待ちをしていたら、二人乗りの大型バイクが私の前に出て停まった。
ブルルン、ブルンブルン。
詳しいことはわからないが、このバイクは純正のマフラーではない様子。低音でブルンブルンと地響きを立てていて、そう言えばこのテのマフラーって最近あまり見なくなったなぁと思っていたのだったが・・・。
ブルンッ
と、音がする度に私の顔にマフラーから出る排気ガスが飛んで来るではないか。
目の検査をした時に、眼球にパフッと空気が飛んで来たが、ちょうどあれの風圧が強くなった感じだ。
前の二人は恋人同士のようで信号待ちの間にも親しげに会話をしている。
ブルンブルンッ。
あうう!
また顔に空気が飛んで来た。空気と言うとなんだか痛くなさそうだが、そんなことはない。十分痛いし、質量もある。マフラーの直径ぐらいの空気のボールが顔に投げつけられているような、そんな抵抗があるのだ。
ちょっと。改造するのはいいけれど、後ろに居る人にどういう影響を及ぼしているかを全くわかっていないですよね。
お宅ら、楽しそうにされていますけれども。
あのね。
別に恋人同士をうらやんで見つめているのではないんですよ。
ブルンッとやるのはやめてちょうだいね。
信号が青に変わった。
ブルンブルンブルン!
あっ、あっ、痛いじゃないの。
ブォオオオオーーーー。
バイクは最後にすかしっ屁を私の顔に思い切りして、そのまま一気に去って行ったのだ。
なんで普通に信号待ちをしていて、見ず知らずの恋人達に空気の球を顔に投げつけられないといけないのだ。
マフラーを改造したバイクの後ろには二度と停まらないぞと、今日は学習をしたのであった。


投稿日:2009年12月25日

2009年12月25日

本日はクリスマス。
そして、「およげ!たいやきくん」が発売された日でもあるのだそうだ。
「およげ!たいやきくん」が発売されたのが1975年の12月25日。シングル売り上げ記録は21世紀になっても未だに破られていないという、超大ヒット曲なのだ。
どの世界でも長い年月の間に記録更新はある。超人がしのぎを削るオリンピックでさえ記録更新が出る中で、楽曲ヒットの記録更新がないことの方が不思議にさえ思うのだが・・・・、あらためてやっぱりすごい曲だったんだなぁと感じるのだ。
私の家にもドーナツ盤があった。
「むぁ〜いにち、むぁ〜いにち、ぶぉーくらはてっぱんぬぉ〜」という粘っこい歌い方と、変なルックスのおじさんとのギャップが新鮮で、子供達が口ずさんでいたが、歌詞の内容としてはたいやきくんはサラリーマンの象徴だったという深い意味もあった。
たいやきくんは自由を得て、それからどうなったんだったっけ。
2番では海で毎日楽しく暮らしていた。
そして3番では釣りをしていたおじさんに釣られて。
そうして・・・・・
食べられて終わってしまった。
そっか〜。ハッピーエンドじゃなかったんだ・・・。
今日はクリスマス。
イエス・キリストが生まれたことを祝うこの日、日本では奥の深い、ちょっぴり切ない楽曲が生まれた日でもあるのだった。


投稿日:2009年12月24日

2009年12月24日

バイクで近所のパン屋さんに向かう途中でのこと。
信号待ちをしていたら、目の前の横断歩道を男性が走って渡って行った。
ここの角には人気のテイクアウトの焼き鳥店があって、お弁当も出しているみたいなのだ。男性はここでお弁当を買ったのだろう。急いで通りを渡った所に停めてある車に戻ろうと渡ったのだったが・・・・。
男性が走った後から遅れてヒラっと何かが舞い上がった。
そして横断歩道に落ちた。
何だろうと目を凝らしてみると、どうもそれはお弁当と一緒に袋に入れてあった割り箸のようだった。
あっ。
お箸。
既に男性は向かいに停めてあった車のドアを開けて乗り込もうとしていた。車はゴミ収集車で、助手席には仲間の男性が座って待っていて、すぐにでも発車するところだった。
どうしよう。
お箸。
落としたのに男性は気がついていない。
きっとこのあと車の中で昼食をとるのだろう。もう一人の男性は車の中で待っていたので、お箸を落とした本人が「俺はあそこの弁当を買うわ」という流れだったのだと思う。
今叫んだら声が届くかな。
信号待ちの車が他にも停まっているので、ちょっと自信がなかった。
どうしよう。
どうしよう。
さぁ、お昼だと広げた時にきっと男性はお箸がないのに気づいて困るだろう。せっかく好きなお弁当屋さんで買ったのに・・・。
信号が変わった。
信号待ちをしていた車が動きだし・・・。
あぁ、どうしよう・・・。
結局そのまま私も走り出してしまった。
ちょっと胸が痛かった。
横断歩道の所に来て確認すると、やはり割り箸だった。
見知らぬ男性よ、ごめんね。
あの時、大声を出して知らせるということにちょっとためらってしまった。もしも聞こえなかったら恥ずかしいし・・・そんな風に消極的な気持ちが勝った。
パンを買った帰り道、もう一度横断歩道に目をやるとまだお箸は落ちた場所にそのまま残っていた。
聞こえなくても叫べばよかったのに。
いい仲間にお箸を貸してもらって下さい。
メリークリスマス。
そしてあの男性に何か他のことでいいことが起こりますように。


投稿日:2009年12月23日

2009年12月23日

今日は表参道もクリスマスムード一色。11年ぶりにイルミネーションが復活したせいか、通りがかったらすごい人だった。車は大渋滞、歩道には人があふれんばかりにいて、イルミネーション並木を写真に収めようと車道に出て写真を撮っている人もいるので、まずはこの人達を取り締まって欲しいと思うぐらい危ないエリアになっていたのだ。
表参道はかつて東京のクリスマスイルミネーションの代表のような場所だった。あまりに人が押し寄せるので、住民からの苦情が出たことと、イルミネーションにかかる経費や木そのものへの負担を考慮して一度は廃止になったのだが、もろもろの諸事情を乗り越えての今回の復活となった。だが、この一角を通っただけでとっても疲れてしまった。私が住民だったらやっぱり、もうイルミネーションはやめようよと言いたくなるだろうなぁと思ったのだ。
まっすぐに続くこの通りは確かに綺麗な並木道。イルミネーションが廃止になった時はクリスマス時期には寂しい景色になっていたが、木々は電飾の服を着せられ私達を見下ろして何を思っているだろう。
クリスマスで賑わう街は明るすぎて空にある星が見えない。こんなに沢山の人が居ながらにして、サンタさんがソリを引いて飛んで来ているのも誰一人として気づけない場所なのである。


投稿日:2009年12月22日

2009年12月22日

ニュースで、今年赤ちゃんにつけられた名前のランキングをやっていた。男の子の一位が大翔くんで、女の子が陽菜ちゃんということで、ベスト10に入っている名前を見ると、男の子の名前は他に翔、瑛太、大和、蓮などで女の子は美羽、結愛、彩乃、七海などが入っていた。
少し前はカタカナにすれば英語に聞こえるような名前が多かったので、またこの数年で傾向が変わって来たのかなと思うが、それにしても@@男、@@三郎、@@子、という名前は今はほとんど聞かなくなった。
私が子供の頃は「マツ」「ハギ」などの名前を聞くと「おばあちゃん名前」のイメージがあった。が、もうこれからは「@@子」という名前が子供達にとっての「おばあちゃん名前」になるのかもしれないのだ。
ランキングを見てみると、昔と比べて漢字が難しい字になってきたのかなという印象がある。小学生の低学年で習う漢字は子供達の名前にあまり出て来ない。私の名前の「美喜」も字画が多かった。私の幼少時代は、幼稚園の頃に丁度園児の間で「自分の名前を漢字で書ける」のが流行ったので自分も頑張って練習してみたが、漢字なんてまだ全然知らないので縦の棒や横の棒を何本書いたかがわからず、苦戦したのだ。なので例えば「翔」だと曲線の向きや、あと羽という漢字の”チョンチョン”の向き、自分の名前が書けるまでは可愛い失敗を繰り返すんだろうなぁと想像をしてみた。
日本語の名前を素敵だなぁと思う。呼び名と同時に別の意味が込められている。<ひろと><はると>と読んで<大きく翔べますように>と、先の人生が幸せであるよう祈りが込められている。
”健やかにこの子が育ってくれますように”
自分にとって深い意味を持つ言葉が名前には凝縮されている。


投稿日:2009年12月21日

2009年12月21日

新聞を取っていないので、普段はパソコンでネットニュースを見ているのだが、短いタイトルに誘われて覗く記事も多くなったのだ。
今日は「エアコン売りに来てブルーレイ盗む」というタイトルに目が留まった。これはタイトルだけ見て、内容がわかってしまったので中は読まなかったが、何かの標語みたいなリズミカルな文章だなぁとちょっと笑えた。
しかし、イライラするものもある。某新聞のネットニュースでは、一般の人参加型の掲示板のようなものがあって、相談ごとをしたトピ主に対していろんな人が意見を返したりするのだが、ちょこっとタイトルに惹かれて覗いたら最後の方まで読まないと収まらずに随分道草をしてしまう時があるのだ。
この間は「私だけが聞こえるんです」というような不思議なタイトルに思わずつられて行ってしまった。すると相談者は古いお屋敷に嫁いだのだけれど、どうも人の気配がして仕方がない。でも旦那さんに話してもお姑さんに話しても、そんなことはないと言う。でも夜中に確かに人の声を聞く。何か隠し事があるように思う家なのだけど、自分の精神状態がおかしいと言われていてどうしていいかわかりません。というような内容だった。
金田一耕助シリーズのような世界。それに引きずられて、そのまま先に読み進めてしまったのだ。
しばらくして。
「昨日はネコの毛と長い髪を見つけたんです。」というような更なる謎をにおわせるような報告があり、すると今度はそれに対して、「貴女に隠している存在の誰かが家の中にいるかもしれませんよ」などという誰かの助言が書き込まれる。<うんうん、言われてみれば私もそんな気がしてきたわ。>いよいよ続きが気になってきてしまうではないか。
そしてまたしばらくすると「今度友人夫妻に泊まりに来てもらって真相を調べてもらおうと思います」という報告がある。その時点で私はそれを読むのに30分ぐらい費やしてしまっているのだが、もうすっかりハマってしまっているのでここで終われなくなっている。
「友人達が泊まってくれたのですが、どうもとんでもないことを知ったようなんです」などという報告を読んだあとは、もう次の展開を知りたいせっかち人間になっていたのだが・・・・、
その頃から「あなたは寂しい人ですね」「途中から”釣り”だなとわかりましたよ」という返事がチラホラ出るようになってきた。そしてそれってなんだろう?と思っているうちに相談者は一方的に消えてしまったのだった。
「多分もうこのあとの展開は寄せられないですよ」「やっぱりね」のような文章が見られるようになり、本当にそれで二度と相談者は現れなくなった。
一体これってなんなのよ。
続きはどうなったのよ。
作り話だったってこと?
「エアコン売りに来てブルーレイ盗む」という記事では窃盗の事件を取り扱っていたが、私もこのようにしてニュースを読みに来て貴重な時間を盗まれることがある。
時々もうちょっと警戒心を強くして過ごさねばな、と思うのである。