月別アーカイブ : 2011年2月

投稿日:2011年02月28日

2011年02月28日

今年になって思うこと。
月曜日はなんだか雨や雪の確率が高いのだ。
今日も雨。池尻から電車で帰ると3倍時間がかかるので、タクシーで家に帰ることにしたのだった。
「浜田山方面へ、お願いします」
するとたまに、運転手さんに「どのルートで行かれますか」と尋ねられることがある。
でも私は知らないのだ。だいたいこの道が何通りという名前がついた道かも知らない。走りながら「じゃ茶沢通りに出て、@@に行く道にしますか」「淡島通りの@@から抜けるルートもありますし・・・」「それとも・・・」提案をしてもらっても、わからない。「わからないんでお任せします」と言ったら、そこで理解してくれる運転手さんも居れば、まだ繰り返し聞いてくる人も居る。
今日も「どのルートで行かれますか」と尋ねられた。
一番近道で行ってくれたらそれでいいだけなのだが、それより疲れているので会話を最短ルートにしようと最近覚えたルートを伝えると、今日の運転手さんは「それよりもね、いい道があるの、知らないんですか」と逆に提案をされたのだった。
最初にそう言ってくれればいいんじゃないの。
と、思ったが会話を最短にするべく「は、じゃその道でお願いします」とお願いしたのだった。
今日の運転手さんは話し好き。
最初は疲れていたので、なるべく無口に移動したいなと思っていた私だったが、モードも変わり運転手さんの「抜け道」話や「運転手」話などに「へぇ〜っ、そうなんですか」と返事をするようになっていったのだった。
でも運転手さん。
自称ベテランドライバーの割りに、今の道曲がり損ねましたよね。
ナビの勧めるままのちょこっと遠回りの道を選んで走り、そして最後の矢印信号で直進だけが進んでいい信号を、「僕の運転歴」話に夢中になって右折していたのだった。
いい人なのだとは思うが・・・。信号無視は恐かった。
無事に家に着いたら、ちょっと待って下さいと言われた。
運転手さんは自分の名前と携帯電話の番号、そして自宅の住所と電話番号に加えファックスの番号まで紙に書き、「また配車が必要になったら連絡を下さいね」と渡してくれ、「あまり綺麗ではないですが、自宅に居れば自分の車で送りますよ。道を覚えたいので無料です」と言っていた。
<これは・・・営業と受け止めていいんだろうか>
<道を覚えたいって・・・・ベテランさんなんじゃないの?>
<どう返事したらいいんだろう>
固まっている私に「あぁ、わたくしこれでも26歳の息子と54歳の妻がおりますんで、お気になさらないで下さい!」と言っていた。
「また、連絡下さいね!」
と、言って運転手さんは去っていった。
タダで私を送ってくれるという点が、ただただ謎な部分であった。
雨がシトシト降っていた。
ペンで書かれた文字がにじんでぼやけて行ったのであった。


投稿日:2011年02月27日

2011年02月27日

日が少し長くなってきた。
気づいたらバラの枯れ枝から随分芽が出てきている。
たいていの植物は日光と水が十分であれば、グングン育つ。
ペットとなった動物達もひなたぼっこが好きだ。
紫外線が恐いからと人間はお日様を避けて過ごすが、時々どっちが正しいんだろうかと考えるときがある。
曇った日より、ポカポカと日差しが部屋に入る日の方が単純に「あぁ、いい気持ちだな」と嬉しくなる。
人間は時々、もっとシンプルになった方がいいと思う。
「渋谷なう」とかいう言葉遣いも嫌い。私には必要ない。
あっちにこっちにすぐに自分を変えてしまう。
そうじゃない。
ポカポカお日様は気持ちがいい。
そんな自分に時々は誰もが戻った方がいい。


投稿日:2011年02月26日

2011年02月26日

2月ももうすぐ終わり。
私が使っている壁張りのカレンダーは、1ページひと月で各前後一ヶ月ずつ分のカレンダーがついているタイプなのだが、それをふた月分壁に張って書き込めるようにしているので、壁を見ればここ4ヶ月分のカレンダーが見られるようになっている。
2月と3月は閏年でなければ、曜日が同じになる。
だから私にとってはちょっとだけカレンダーがわかりやすい。
@日は何曜日だったっけ。
すこし先の予定、来月のことを調べる時には二枚どちらのカレンダーを見ても曜日がわかる。同じ曜日で進む月は2月3月だったら11月があるが、その頃には2月や3月のことは忘れている。例えば4月と7月もカレンダーは同じ曜日で、1年のうちに同じ曜日同士の月は何組かあるのだが、隣りの月同士でないから気づかずに過ごしているのだ。
井の頭通り沿いに何気なく植えられたと思われるユキヤナギが、必ず止まる信号脇に枝を伸ばしていた。
2月に芽吹いてユキヤナギは3月に咲く。
「月」は下弦を過ぎた頃。
一緒に春に向かうお揃いの月、2月と3月なのだ。


投稿日:2011年02月25日

2011年02月25日

ダンボは今日で8歳になった。
人間の年齢にすると48歳ぐらい。決して若者はないが、弟分や妹分の犬が居ないからか子犬の時にうちに来た時と行動は変わらない。うんちが出たら興奮して教えにくることも、それから時々部屋の中を思い切り嬉しくて走り回る興奮走りも、まるで子犬のようだ。
外に出た時も、何歳ですか?と尋ねられて答えると驚かれる。2〜3歳の若い犬だと思われているみたいで、そんな時は私が若く見られるよりもなんだか嬉しい。
ダンボとの出会いはインターネットのオークション。
当時の私はまだ一人で自由に外出が出来ないような不自由な状態で、楽しみはネットで外の世界を見学することだった。ある日、ネットで見つけた別の犬が居た。その犬もチワワだったのだが、牛柄の犬で柄がちょうどチョンマゲ風の間抜けな顔になっているのでいつまでも売れ残っていたのだった。
私が動物を連れて家に帰ってしまうパターンは、「この子、このまま誰も飼わなかったらどうなるんだろう」と心配をしてしまった時で、数日間に私はこのチョンマゲ犬を家に迎える覚悟を決めた。
本当はチョンマゲ犬が来るはずだった。
が、そうではなかった。
先方とのメールのやり取りの後、ギリギリになって「健康診断の結果、どうしてもお譲り出来なくなりました」というメールが届いたのだ。理由を再度尋ねてみたが、ごめんなさいと言われて本当のことを知ることは出来なかった。あの子は病気になって死んでしまうのかもしれないと思うと、抱っこしたこともないその子犬だったがとても悲しくなって部屋で号泣したことを思い出す。
ダンボはその時期にやはり売れ残っていた犬だった。可愛いお花と一緒に写っていたが、大きな個体だったこともあってダンボを欲しいという人が見つからなかったみたいだった。
<まだ、居るの>
1ヶ月経ってもまだ写真が掲載されている。
<誰ももらってくれないのかぁ>
チョンマゲくんと顔が似ているところも気になって、毎日見ているうちにだんだん情が湧いて来た。
<お前、今日も売れ残っているのかい>
毎日私が眺めることで目が合う写真のダンボ。いつか売れないと判断された時は、どうなっちゃうんだろう。
<お前、うちに来る?>
こんな縁でダンボはうちに来ることになった。
一緒に暮らした二匹のフェレットが亡くなったときも、特に悲しむわけでもなくいつものように自分の定位置に居る。食欲がなくなることもない。一人暮らしが寂しくないのは、ダンボの存在が大きいことは身にしみてわかっている。
petioの宣伝で、「どうかゆっくり、なるべくゆっくり年を取って下さい」という言葉があったが、まさにその気持ちだ。
あとどれぐらい一緒にいられるのかなぁ。
他の兄弟達はどうしているのかなぁ。
ヒーターが大好き。おひさまが大好き。お風呂は大嫌い。私がキッチンに立つと、上から落とし物があるんじゃないかといつも下で待っている。
人間もそう。
シンプルな人が私は心を開ける。
シンプルな君が大好き。
君が元気がないと私も元気がなくなる。
ご飯をあげるだけでこんなに嬉しそうに飛び跳ねて。
ピンポンが鳴って吠えるのはやめてほしいんだけどね。
私のところに来てくれてありがとう。
「お誕生日おめでとう!」と言ったら、首をかしげて見つめている。
ダンボ、お誕生日おめでとう。
うんと無邪気なままで、ダンボがダンボのままでいられるように。


投稿日:2011年02月24日

2011年02月24日

今日は植田博之氏のバンドTokyo Smoothが「地下室の会」に出演するので、キーボードで参加をした。
植田博之氏ことうえだっちは、大阪の吹田にある練習スタジオ「YOU」で知り合って以来もう20年以上のおつきあいになる長年の友人だ。うえだっちには、私の作品はもちろん私が携わらせてもらった作品でも頻繁に登場してもらっているのだが、彼自身ベーシストとして数々のセッションやレコーディングを経て、何年か前に始めたバンドがTokyo Smoothだ。Smooth Jazzなんて言葉があることも、うえだっちに教えてもらった。でもバンドの演奏力と曲が好きで私もこの2年ぐらい参加をさせてもらうようになっているのだ。
以前から「地下室の会」という会の名前だけは聞いていた。
ネーミングからすると、なんだか怪しげで秘密の会のような響きがあるのだが、この地下室の会(BASSMENT PARTY)は、地下室=BASEMENTとBASSをかけた造語で、BASSISTの、BASSISTによる、BASSISTのための会なのだそうだ。
BASSという楽器をこよなく愛している、しかも蒼々たるメンバーが名前を連ねている。
BASSという楽器は、私が高校生の頃は「本当はギターがやりたかったけれど、ジャンケンで負けたから」「本当はギターがよかったけど、自分より上手いヤツが居て敵わないと思ったから」という具合いで、第一希望をあきらめた人達が持つというケースが多かった。
で、演奏となればギターソロの場合は他の楽器がコードやリズムを支えているのに対して、ベースはあったとしても「チョッパー・ソロ」8小節もしくは16小節、そのソロの間だってつき合ってくれるのはドラムぐらいで、ギタリストは自分のソロが終わったそのスキに休憩して水を飲んだり汗を拭いていることだってあるのだ。
今は当時よりいろんなパートが増えたので、ベースがどれぐらいの位置づけにあるのかはわからないが、役割としては変わらずバンドの中の縁の下の力持ち、職人さんなパートであることには違いないだろう。
それにしても興味深いのは、一旦ベースを持ったらその後はベースの魅力に取り付かれてしまうということだ。ベーシストがその後ベースをやめてギタリストになったという話は聞かない。そしてパートは違うが私もベースという楽器の立ち位置がとても好きなのだ。アレンジをする時、ベースとドラムにどんな風にアプローチしてもらえるかが一番気になるところで、私なりに好きで耳を澄ませて聞く楽器だ。
子供の頃「太陽にほえろ」の山さんが一番素敵だと思っていた、あの同じポイントなのだと思う。
今日はそんな職人さんの「BASSIST」が主人公になる会。
リハーサルを聴いていても、そこにいるだけで今日は「BASS」という楽器が大事に愛されてそこにある感じがする。
楽器でも何でも、「本当に好きだなぁ」という正直な心が根っこにあると、何かよくわからないが周りの人に対して1ミリ、その情熱が心を動かせる力を持つと、ある頃から確信して思うようになったが、今日はこの場所に居る時に「好き」はとても大事な気持ちなのだとあらためて思った。
自分の好きなものを大好きだと、ちゃんとたまに確認が出来たらきっと素晴らしい。
楽器や物である時があったり、またある時は自分自身の長所を見つけてあげることだって同じだ。
一番好きなものは、自分を成長させてくれる。
「ベーシスト地下室の会」
私は何を大事にしたらいい?
いい会だなぁと思えた日だった。


投稿日:2011年02月23日

2011年02月23日

横浜市の路上で女性の胸を触った男が、逃げる途中にぎっくり腰になって追いかけてきた女性に取り押さえられるというニュースが載っていた。
男は「急に走ったら腰が痛くなり、動けなくなった」と話しているようだが・・・・。
この男、30代の男性。
ぎっくり腰って動けなくなるのだ。激痛で「う・・・」と唸ったら声も出ない。
他人のぎっくり腰をこんなに喜ぶだなんて思いもしなかったが、本当にアレは痛い。だから今度不埒な考えが頭に浮かんだとしても、恐らく「女の人に触りたいという欲求」より「もう二度とぎっくり腰になりたくない」ということの方が強く支配をして、痴漢をすることはなくなるだろうと私は思うのだ。
たまに「痴女」も居るみたいだが、圧倒的に多いのはやはり痴漢。私も乙女の頃に数回痴漢の被害に遭った。
”えっ?なんで?”
”痴漢??”
”まじで?”
痴漢に遭うことなんて考えもしない時に痴漢に遭ってきた。だから瞬時に判断が出来なかったりする。で、しばらくしてからものすごく怒りが湧いて来るのだが、それでもまだ判断力が鈍っていてせいぜい睨む程度のことぐらいしか思いつかず、後でそういう判断力の甘さも含めて敗北感一杯になるのだった。
しかしそれにしても、これがニュースになるのだから、世の中の痴漢の中で、ぎっくり腰のバチが当たったのが、この男性たった一人だということなのかもしれない。それはすごく残念なのだ。痴漢をすればぎっくり腰になる確率がもっと高まればいいのにと個人的には願う。
触りたいけど、ぎっくり腰にはなりたくない。
そうなればこの理由で痴漢率は確実に減るとわかっているのだが、なかなかそうは上手くいかないのが残念な現実なのである。


投稿日:2011年02月22日

2011年02月22日

テレビをつけたら、東野圭吾原作のドラマの再放送をしていた。
確か原作とは少し違うストーリーになるということを聞いたことがある。
でも、犯人が別の人になるというような大幅なストーリーの変更にまではならないのだろう。ついこの間この話を読んだばかりだったので、私は「犯人を知っている」ことになる。あの時も最後の方まで犯人の見当がつかずに、<まさか、この人が犯人だったの>とショックを受けたぐらいだったのだ。
丁度、画面には「犯人」が映っている。
勿論、今の段階では「犯人」であることは誰も知らない。
が、私は知っている。
「あんたが犯人なんじゃない!」
物語の進み具合いからして”知人の親切な人”の関係でいる辺りで、私もすっかり騙されたが、それだけに親身になって主人公の相談に乗っているところがムカつく。
テレビ局に電話をして「あの人が犯人だと、あの子に教えてあげて下さい」と言いたくなるのだ。
再放送だからもう筋書きは変えられないが、現行のドラマだったら台本が最後まで書き上がっていないものもあるらしい。
犯人を知ってドラマを見ると随分印象が違ってくる。
その役を真面目にやっているだけなのに、その俳優さんが憎くなってくる。
最終回まで待てない。
私がなんとか出来ないか。
いや、出来ない。
本当に面倒臭いタイプである。
もっと冷静になろう。
私は原作を先に読まない方がいいのである。


投稿日:2011年02月21日

2011年02月21日

小学生の頃、家庭科の授業ではじめて調理したのが「ほうれんそうのバター炒め」だった。常に食い意地が張っていた私は、給食とは別に学校で何か食べられることがひたすら嬉しく、調理をすることより「何か食べられる」ことにウキウキして授業に臨んだのだ。
考えてみればあれが私の初めての「おかずを作る」体験であった。
茎の赤いところも捨てずに調理することにも驚いたし、何よりその授業で私は生まれて初めてほうれんそうのバター炒めなるものを食べたのだった。
「家に帰ったら、復習で作ってみましょう」
先生が言ったとおり、それから数日後家で調理をしたら同じ味のが出来た。
家族に美味しいと言ってもらったら嬉しかった。
今も冷蔵庫にはほうれんそうが入っていることが多い。野菜で一番多く購入しているのがほうれんそうではないかと思う。バター炒めはもちろん、パスタにも使うしシチューやカレーにも放り込む。キッシュもほうれんそうは必ず入れる。ただあまりゆでたりはしない。最初の調理がバター炒めだったので、多分私の中でほうれんそうは「洋」の食材になっているのだろう。
あの日家庭科の授業の2時限たっぷり使っていたっけ。
なんて長時間をかけていたのかしら。
あれから何回このメニューを作ったかなぁ。
今も大好き。5分で作り3分で食べ終わるほうれんそうのバター炒めなのである。


投稿日:2011年02月20日

2011年02月20日

前の家ではコーヒーメーカーがあったのだが、引っ越しを機に「インスタンコーヒー」を飲むようになっていた。理由は1つは「美味しいコーヒーが飲みたいという欲がそれほどなかった」ということで、もう一つはコーヒーメーカーを置くことによってキッチンのワークスペースが狭くなり、「ジューサーミキサーの稼働率が低くなる」だろうということからだった。
コーヒー党の人が、あそこのコーヒーは美味しい。あそこのはまずい。と話をしていても、私には違いがわからずそういうことから、「インスタントでいいや」とあまり構わずに来たのだが、私のキッチン事情を知っている人からは「コーヒーメーカーを置いたらどう?」「お湯がすぐ沸く電気ポットあげる」など提案をいろいろもらっていたが、頑として「ジューサーミキサーの置く場所がなくなる」という理由でこれらのアイデアを断って来たのだった。
ところが先日、コーヒードリッパーを頂いた。
今まで全然気づかなかったが、これなら場所も取らないではないか。
コーヒーの味の違いなんてわからないと思っていたが、ドリッパーでコーヒーを落とすようになってからすっかりインスタントコーヒーに手が出なくなったのだった。
今は「鍋」で湯を入れているので、相当お湯浸しなキッチンになっている。
同じく「鍋3つでヤカンは絶対に買わない」とこれまたずっと私なりのキッチングッズの稼働率を考えた選抜メンバー的なラインナップでやってきていたが、そろそろ限界。ドリップケトルは買わないといくらなんでもお湯がはみ出て危ない。
「あちち、あちちちち」
鍋からはどうやっても上手く注げない。
<新入りが来たら俺はどこに行ったらいいのさ>
<あたしもこれ以上窮屈なのはいやよ>
<ワシの陣地は譲らんからな>
美味しいコーヒーを飲む為には、やはりキッチンのどこかしらの稼働率を譲らねばならないのだと気づいたのであった。


投稿日:2011年02月19日

2011年02月19日

寝る前の私の楽しみはパソコンで好きな雑貨を眺めたり、花の苗を眺めたりすることなのだ。
<ここの雑貨、可愛い>
<もうすぐバラの季節なのよねぇ>
<これぐらいのクッションカバーだったら作れるかもしれないわ>
夢中になって見ていると、ふと視線を感じる。
そんな時は決まって少し離れた場所で、私の視界に入る位置でダンボが見ているのだ。
”まだ、寝ないの?”
ダンボは私が夜寝る前の歯磨きの時に洗面所までついて来たら、ご褒美にオヤツがもらえることを知っている。
ある時、洗濯機がカチっと止まった音が遠く洗面所の方でしたのをダンボが教えてくれたことがある。おりこうさんの我が犬につい嬉しくなってしまって褒めてオヤツをあげてしまった。
またある時は、使い切ったトイレットペーパーの芯を床に落としたらそれを拾って渡してくれたことがあった。なんて可愛いんだろうと思って、この時もオヤツをあげた。
こんな風にたまたま、犬の取った行動が健気に見えたりおりこうさんに思えたりしたことで、オヤツをあげたことが何度かあり、しかしそれがきっかけとなり、ダンボがそれを覚えて2度3度とするようになった行動がある。
その後、無邪気な顔で”何かもらえるかもしれない”という期待で尻尾を振って私を見上げている姿にいつも負けてしまい、オヤツをあげ続けてしまったのだった。
その結果「これをすればオヤツがもらえる」ことが生活の中で増えてしまった。
あうーーー。
夜、私が歯磨きをしに洗面所に行った時について行くとオヤツがもらえるというのが、その日の最後を締めくくる「オヤツチャンス」。私は私でこの習慣を出来ればなくしたいので、なるべく犬に気づかれないように寝る前の歯磨きに行こうとする。ドアを締めてしまえばこっちのもの、犬も洗面所に行けなかったらオヤツがもらえなくても納得をしてあきらめるという暗黙のルールになっているので、寝る前は椅子取りゲームのように互いに牽制しあっているのだ。
ダンボはだから毎日、私がパソコンを閉じて歯をいつ磨きに行くのかを獲物を見る目で見つめている。私がお風呂に入って、その後パソコンを開いてからだいたい目安は1〜2時間後、というふうに覚えている。
ただただ、ホシが動き出すのを見張っている。
そして尾行は素早く。
最初、おりこうさんで始まったはずなのに・・・・。
ダンボ刑事。君はいつから。
毛布の中にもぐっていたとしてもその奥で目だけは光らせている。
私を見るその目が、今はひたすら怖い私なのである。