投稿日:2007年08月12日

2007年08月12日

8月に入ってから、近くの温水プールによく行くようになった。
約一時間、自分の足が届く水深110センチのプールの端から7メートル辺りまでを歩いて行き来する。ウォーキングコースには今日も黙々と数人が歩いているが、数日通うと”今日もこの人は来ているなぁ”という人が居るのだ。
常連さん同士が仲良くしているところは見たことはない。お互い特に会釈をするわけでもなく、みんな無表情。
このプールは一時間に一度、休憩時間が5分設けられている。時計の針が55分になると利用者全員がプールから一旦上がるという決まりになっているのだ。
私は入る時は一人で入れるのだが、上がる時には監視員の人に手を借りている。なので、この時に少しだけ緊張をするのだ。
「ただいまより、休憩時間に入ります。プールの中から一度お上がりください」
笛の音がすると、みんなが次々にプールから上がって行く。全員が上がるのを待って手を挙げて監視員の人に合図をしてそれで私は引き揚げてもらっているのだが、たまに気がついてもらえず、プールの端っこに自分一人残っている時があるのだった。
ちょびっと恥ずかしい。
おーい。
気づいてくださーい。
挙手をして「すみませーん」と呼ぶ。
こんな風に、なかなか気づいてもらえない時が既に数回あった。なので休憩時間が近付いて来ると、私は内心ドキドキするようになり、入場時間を一日一度だけ水から上げてもらうだけで済むように計算をして家を出るようになったのだが、今日も気づいてもらえないパターンだった。
恥ずかしいな・・・。
プールの端っこに一人残っていたその時・・・・。
「どうぞ」
50代ぐらいのプールにやってきている男性がプールサイドから、手を出しながらそばまで来てくれたのだ。
「ボク、昨日も来てたから」
”昨日?”
私の方は見覚えはなかったが、男性は昨日も私がモジモジしていたところを、多分見ていたのだろう。さっきまで、同じレーンで何度かすれ違いながらも目も合わさず歩いていた人だった。
一瞬、杖でやって来てプールから上げてもらう行為は目立つんだなぁと少し恥ずかしくなったが、私も同じようにさっきまで能面で歩いていた。その男性は、手を貸しても「結構です」と言われるかもしれない、そんな無表情な顔をしていた私に勇気を出して手を貸してくれたのだと思う。
「どうぞ」
そうして、いつも監視員の人が引っ張ってくれるのと同じやり方で、その男性は私をプールから上げてくれたのだった。
「助かりました」
それまでの間を無表情でいると、急に笑顔にならないものだ。
「ありがとうございました」
「いいえ」
やっと笑って言えたら、能面の男性も無表情から笑顔に変わった。
会話はそれで終わったが、なんだかあたたかかった。
私という人間は、その根っこのところが人に素直に甘えるということに対して不器用だ。だからこの頃は時計の針が50分を指した頃から、歩きながら”一人で上がれないのに、また来ちゃったなぁ”とちょっぴりブルーになっていたのだった。
前回は休憩のあと、残り10分をまだ使えるのにプールをあとにした。私の”人に甘えられない性格”がここに出ている。
5分間、ベンチに座りながら考えていた。
今日も時間をうまくやりくり出来ずに、休憩のあと10分時間が残っていた。
どうしよう・・・
「ただいまの時間を持ちまして、休憩時間を終わります」
今日、私はほんのちょっとだけ勇気を出した。
ピィーーーッ。
ジャボン。
ジャボーン。
水の音がして、静かだったこの場所の時がまた回り出す。
私も。
ジャボンー。
ドキドキを体の奥に沈めて、今日はみんなに続いて自分もプールに入って行ったのだった。


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