従姉妹のゆかちゃんとともくんの二人と、松戸の叔母の家で再会をした。
叔母一家の人達と2歳年下のゆかちゃんとは連絡を取っていたが、弟のともくんは長く会っていなかったせいか記憶が3歳児ぐらいで止まっていた。なので、最初に声を聞いた時に「声変わりをした声」にまず違和感を抱いたのだ。
子供の頃、ゆかちゃんとともくんは夏休みに愛知の田舎の祖母の家で毎年再会するのを楽しみにしていた。
私は子供の頃、夏休みは一ヶ月近く祖母の家に預けられそこで田舎体験をぞんぶんに味わった。
朝は近所の養豚場のブタの鳴き声で起きる。
「みきちゃん、たまご取ってりゃぁ」
祖母の小さな田舎の家には敷地内に鶏を飼っていて、それが卵を生むので取りに行くのだ。朝はそうして卵の入ったみそ汁が出てきた。トイレは外にあるぼっとんトイレだったし、お風呂も薪で沸かす五右衛門風呂、井戸水は夏でも冷たかった。金だらいなのか井戸水なのか、家とは違う水のにおいがした。
たまに「グラタンが食べたい」と母親が恋しくなったが、駄菓子をいっぱい買ってもらえたり、プールに連れて行ってもらったり、畑に行ってトマトやナスをもぎった今思えばあんなに楽しい夏休みの冒険の連続はなかったのではないか。
そして田舎に預けられて一ヶ月ほど経ったお盆の時期に、「東京からゆかちゃんたちがやって来る」のが夏休みの最後の楽しいイベントだったのだ。
ゆかちゃんたちが祖母の家に泊まるのは3日程度。
叔父の東京弁や、ゆかちゃんとともくんの話し言葉が普段自分の使っている言葉遣いより優しく聞こえて、ちょっと緊張して初日は人見知りモードが出てあまり仲良く出来なかったが、次の日ぐらいになるとだんだん打ち解けてきて、それで最後は尾張温泉というスパランドにみんなで行ってそこの夏季限定のお化け屋敷に入ってそれで別れたっけ。
せっかく仲良くなれたのにもう帰っちゃうのかぁ。
なかなか会えない従姉弟だったが、大人になった今はもっと会う回数がなくなっていた。
もう祖母の家もなくなって、今は代々のお墓があるだけだ。
私達も今では懐かしい思い出を語れる人が少しずつ少なくなっていく世代。
一人だとすっかり忘れてしまっていたことが集まれば思い出せることもある。
”従姉妹”との関係は”兄弟姉妹”とはまた違う独特な距離がある。
でも身内なんだよなぁ。
近い関係なんだなぁ。
懐かしい会話を通じて今日はあらためてそう思ったのだった。