叔母から電話がかかってきた。
叔母は私の身内で唯一「結婚は出来るならしない方がいい」推進派で、母のように「早く結婚しなさい」の真逆の意見の持ち主。
「みきちゃん、その後どうしてるの」
叔母とは2000年に私が入院をして以降に親しくなった。子供の頃は「賢い親戚の家」として叔母一家へ対する気持ちは敷居が高かったのだ。吉川家とは文化レベルも学歴もかなりの格差があり、また話し言葉も「上流階級」の人達の話し方で、せいいっぱい私もいい子に振る舞っていたが、やっぱり根っこが違うんだ・・・と、叔父一家のことを「うちとは違うええとこの家」として認識をしていた。
だから、気やすく叔父や叔母を訪ねるということがなかったのだが、入院をした時期に叔母が病院に足を運んでくれたことから、私も緊張がなくなった。それどころか、今では「当時思っていたのと違っていた」面を見つけて、むしろ「うちともまた違う変わった家」として親しみさえ抱いている。
「うん、おかげさまで元気に過ごさせてもらってます」
「おばさんは?」
3人の従姉妹はそれぞれ都内と神奈川に居るので、叔母は叔父との二人暮らし。
すると叔母は
「私はほら、まぁまぁなんだけど、おじさんがね。もう困ったものでね」
と、いつもの叔父の愚痴へと移ったのであった。
叔父は私の母の兄。かつて私にとっての叔父は、お洒落な帽子を被り、話し方もスマート。父を含む”大阪のおとん”には居ないタイプの「ダンディな紳士」だったのだが、叔母から聞く話で今ではすっかり印象が変わってしまった。
「みきちゃん、もうね。なるべく結婚はしない方がいいわ」
叔母に言われなくても最近はもう婚活枠から落ちたと思っているのだが、そのまま話を聞く。と・・・
叔父は仕事をリタイアしてから、ずーーーっと家にいるらしい。その話はずっと前から聞かされてはきた。男性の老人は女性の老人と違って、趣味を持つわけでもなく、ただずーーーっと家でテレビを見ているだけの人が多いらしく、奥さんがそれによってストレスが溜まるという図式がよく見られるのだそうだ。叔父の家は典型的なそのタイプの様子。家で叔父はテレビのチャンネルをせわしなく回し、テレビに向かって文句を言い、特に趣味を持つわけでもなくずーーーーっと家に居る。
叔母は趣味が多いので外出もちょくちょくしているみたいなのだが、最近は叔母の外出中に暇になった叔父が冷蔵庫の中のものをあるだけ食べてしまうらしく、そのことを今回は叔母は怒っていた。
「帰って来ると、な〜んにも無くなっているのよ」
「なんにもないのよ!」
叔父は金魚になってしまったのか。
「おしっこははみ出してばかりだし!」
トイレ問題については、老人でなくとも夫婦間での問題になるのは知っている。知人ははみ出しが多かったせいか、ある時から奥さんから「トイレは座ってしなくてはいけない」という命令を受けていて、以来洋式便座に座って用を足している。トイレの掃除をするのはたいていがその家の主婦であり、はみ出した方ははみ出したことにさえ気づかずに呑気に居るので、ある時怒りが爆発して「もういや!」となるのだろう。
家から出ようとしない叔父を、最近は施設の「デイサービス」に行くように勧めているそうなのだが、これまた男の人は今更”知らない場所に行って友達を作る”のが出来ないらしく、叔父も「行きたくない・・」と駄々をこねているらしい。そう言えば父も「行かへん!」と言っていたっけ。
お迎えが女性だと嬉しそうに出て行くのだそうだ。
結婚はしない方がいい。
百歩譲って、籍だけはいれないように。逃げられるようにしておいた方がいい。
と、電話の締めは有り難い言葉をいただいた。
トイレ掃除はかなり臭いことになっているらしい。
叔母の友人間での共通の問題のようだ。
”この人のはみ出しおしっこを毎日掃除出来るかどうか”が基準の結婚か・・・。
なんだか・・・もう・・・。現世ではこのまま一人でのんびり暮らすのがいいのかもしれないなと思うのであった。