朝起きたら雨が降っていた。
ホテルの部屋には日本で言うところの雨戸、木製の鎧戸がついていて、まるで住居のように自分で開け閉めをすることが出来る。
鎧戸を開けたらシトシトと雨が降っているのを知った。
雨かぁ・・。
今日はヴェネツィアを出て明日の午前の飛行機に乗るために、空港ちかくのホテルに泊まる移動の為の一日だ。
体力があればヴェネツィアとミラノの間にあるヴェローナという「ロミオとジュリエット」の舞台となった街に立ち寄ろうかなと思っていたが、それはやめにしてゆっくり移動をすることにした。
チェックアウトをしたら、行けていなかったフェニーチェ劇場と魚市場に行ってみる。
ボーッと予定を考えながらチェックアウトをしにフロントに行ったら、部屋の鍵を持って来るのをうっかり忘れてしまった。
インナーキー,ソーリー…。
昨日ペンチでスーツケースの鍵を開けてくれた高田純次似のフロントマンが「また貴女か!」というあきれ顔で鍵を取りに行ってくれたのだ。
すみません…。
昨日はお礼のチップを渡したが、今日はどうしたらいいだろう。イタリアのホテルは基本的にチップが要らない国なんだそうだ。ミラノのホテルではベッドメイクチップを置いたがホテルに戻ったら、コインが端っこに寄せられていた。
結局、フロントには他にも人が沢山いたので、お礼を言ってその場は終えた。
フェニーチェ劇場は数多くのオペラなどのコンサートがされてきた劇場だったが、1996年に放火によって全焼、現在のフェニーチェ劇場は数年前に再建されたものになる。
中は撮影が禁止されているので写真に収められなかったが、内装が水色を基調とした品のいい素晴らしいつくりで、例えがおかしいとは思うが雑貨好き女性なら”わぁ〜っ”と声を上げているような”可愛さ”だ。周囲をズラりと囲むように作られた個室には鏡も掛けられていて、実に優雅な空間だった。こんな場所で昔の人達はオペラを楽しんでいたのかと思うと、当時のヨーロッパ貴族の暮らしの華やかさを垣間見た気がしたのだ。
私も当時の貴婦人になった気分に浸ろう。
(劇場外の看板の写真です)
その後はリアルト橋を渡って魚市場を目指す。時間が遅かったせいか、魚市場にはたどり着けずかわりにメルカートでさくらんぼを買ったのが、ヴェネツィア最後の散歩となった。
ホテルに戻って、預かってもらっていたスーツケースを受け取って、さぁいよいよヴェネツィアを出発だ。
ヴァポレットを降りて、駅の窓口でミラノ行きのチケットを買う。
「ミラノまで一枚下さい」
「オーケー、45ユーロ」
・・・ん?
おかしいな。
表示では35ユーロと出ている。ガイドブックにも35ユーロとあるので、35ユーロなんじゃないだろうか。親切にチケットの見方を教えてくれる駅員さんだったが、お釣りをもらって改札に向かおうと歩き出したら、やっぱりチケットには35ユーロと書いてある。そしてお釣りは50ユーロ払って5ユーロ。
お釣りが足りません。
そう交渉してみようと今離れたばかりの窓口に向かうと、駅員さんが10ユーロ笑って渡してくれた。
何も言っていないのに。
私の顔を見て10ユーロ即座に渡してくれた駅員さん。
う〜〜む。
うっかり者だったのか、確信犯だったのかはわからない。でも戻ってよかった。ガイドブックには何故か「お釣りが足りません」という文章のイタリア語が載っている。びみょ~なラインだなと思いながら列車に乗ったのだ。
バイバイ、ヴェネツィア。
もうすぐ終わる旅が少し寂しくもあるが、日本に帰ったらまた次の旅が計画できるようにお金を貯めればいいじゃないか。
人間、お金がないないと言いながら結局生活以外の何か好きなものに使っているものだ。
だったら私は旅に使いたくなった。
あ、いや雑貨も好きだなぁ。
ガーデニングも好きだし・・・。
まぁとにかく。今はすっかり旅が好きになった。
ミラノに着いたのは夕方の5時前だった。
そこから空港行きのバスに乗り、そして空港に到着をするとホテルに電話をしてシャトルバスで迎えにきてもらう段取りがついた。
「ハロー」
「マイネイムイズ」
「ミキ,ヨシカワ」
「トゥデイ、ユアホテル」
「イン!」
ものすごい会話レベルだが、通じたようだった。そして電話に出たフロントマンの言ったことが理解できていたとすれば、7番ゲートに迎えに来てくれるらしい。最後は”どうもありがとうございました!”と言って電話を切った。
今回の旅行では、観光地だったせいか、先方が日本語で先に「ありがとう」と言ってくれることが割りとあったので、私も日本語でありがとうと口にすることが多かった。
ホテルのシャトルバスのお迎えも無事に滞りなく合流出来て、そのままホテルへ連れて行ってもらった。
ミラノ市内から50キロ離れたこの辺りは、外国映画で見るような森や丘や川が流れる田舎の風景だ。また景色が新鮮に見える。いいなあ、こんなのどかな景色も。
ホテルの周りは事前に調べてはいたものの、本当に何もない場所。ホテルに着いたら今日はもう散歩に行くどころじゃない。
ここでもフロントマンに「ありがとう」「どういたしまして」と日本語での対応をされた。
ところで、ひとつ疑問に思っていることがある。
ここはホテルだから私が日本人であることがわかっても別に不思議には思わないが、今回の旅行では私に中国人かと尋ねてきたのはミラノでチケットを買ってお駄賃を勝手に取って行ったオヤジだけで、それ以外は全て日本人として見られていたのだ。
日本人っぽい雰囲気に見える…か。
どこがどう見えたんだろう。
よくわからない。
部屋はシックで広々としていた。
イタリアのホテルで最後まで何なのかわからなかった低い便器っぽいものがこのホテルにもあった。
男子用?
ビデ?
それともまさか湯舟?
あぁ、ゆっくり湯舟に浸かりたいなぁ。イタリアはどのホテルもシャワールームだけだった。日本に帰ったらお風呂に入るぞ。そしてあとは爪切りがしたい。
もらった部屋の鍵のナンバーは、奇しくもヴェネツィアのホテルの部屋ナンバーと同じだった。
今度は鍵を部屋に忘れないのだ。