玄関でゴキブリを発見してから、夜がすっかり怖くなったのだ。
多分一番の侵入口は玄関。家の玄関のドアは開閉式ではなくスライド式になっていて、鍵を閉めても二枚のドアの重なる部分に薄い隙間がある。ゴキブリサイズの生き物であれば難無く入れる余裕の隙間で、悲しいかなもう既にこの夏になって3匹の大きいゴキブリをこの扉周辺で発見しているのだった。
夜になると私は玄関エリア、そこから近い洗面所と風呂場には行かなくなった。
次いで廊下とトイレゾーン。玄関から入って来てまっすぐ進めばそこに来るので、ここにも夜はあまり行かない。自分の家なのにトイレをなるべく我慢する生活を送っているのだ。それでも、トイレゾーンに行かざるを得なくなった時の願いはただ一つ。
<ゴキブリが居ませんように。>
まるで可愛いらしい少女のように、夜の私は”とっても恐がったり””本気でお願いをしたり””頑張って我慢をしたり””ブルブルと震えていたり”していたのだ。
なのに。
深夜、キッチンのドア付近にて。
本日、碁石発見。
多分この碁石はやはりいつもの侵入経路からやってきて、ドアをまたクリアしてキッチンの方にまで来たと思われた。
・・・・。
なんでなの。
こんなに恐がっているのに。
どうして。
キッチンにまで来るだなんて!
・・・・・。
<カチッ>
小さな胸を震わせ怯えていた少女、おわり。
恐怖への許容量が越えるとそれまでの恐怖心が一切なくなり、自分の中でスイッチが入ったと思ったと同時に、怒りと憎しみモードに転換したのであった。
ゴキジェットを掴み、能面にて噴射。
シューーーーー。
シューーーーーーーーーー。
シューーーーーーーーーーーーーーーーー。
ダンボが私の殺気に危険を感じたのか、ベッドの下に逃げていった。ダンボと目が合ったが恐怖に怯えたように、私を見ていた。
<ダンボちゃん、今はあなたに怒っているんじゃぁないの>
<今、忙しいからあとでね>
その後、氷殺ジェットで、能面にて噴射。
シューーーーー。
シューーーーーーーーーー。
シューーーーーーーーーーーーーーーーー。
集中している時、声は何も出ないのである。
その後、ホウキを持ってきて玄関に向かって掃いた。半死にゴキブリは時速200キロで玄関のドアめがけてピューーンと飛んで行ったのだった。
<だから・・・来ないでよね>
部屋に戻るとダンボは震えていた。おいでよといくら優しい声で呼んでもベッドの下から出て来なかった。
私は怒った時、ものすご〜く怖いと言われる。自分でも少しはそうかなと思っていたが・・・・。
今日は自覚があった。
ゴキブリが怖かった。
でも私の方がもっと怖い。
そうだわ。
なんでこんな簡単なことに気づかなかったのかしら。
ダンボはしばらくするとベッドの下から出て来て、いつも怒られた時に許してもらう「ごめんなさい」のポーズを震えながら私にしたのだった。
今日の対決を以って、ゴキブリが”怖い存在”ではなくなったのであった。