近所の家の門には「ムサシを探しています」という張り紙がされるようになって、もうすぐ一年になろうとしている。
斜め前の家で飼われていた猫のムサシは、この辺のご近所のアイドルだったようで、アメリカンショートヘアの血を引いた雑種のとても人なつこい猫だったのだ。私の家の中にも上がり込んで、「ふ〜〜ん、中ってこんな風になってるんだ」と興味津々にウロウロしたりしていて、他の家にも上がり込んでは抱っこされたり散歩に一緒に行ったりしていたようで、ムサシが居なくなってから「あんな猫ちゃんは、居なかったわね」という話によくなっていたのだった。
「ムサシを探しています」の張り紙はだんだん雨や日光で傷んで、もう外されて終わりかなと思っていたが、また新しいのを作り直して張り直された。
交通事故に遭って死んでしまったということは、私もあえて考えないようにしていた。だが、張り紙をしている家のご婦人がムサシが別の家で飼われていることを知ったのだという話を今日は聞いたのだった。
「ムサシが居たのよ」
少し大きい通りを越えたところにある家の前で、ムサシは見つかった。ところが、奥から出て来たその家の女性が「この仔はウチの仔です!」と言って、家に連れ帰ってしまい、以後家の中に閉じ込めて飼っているのだそうだ。その女性は拾った猫を飼ったと言っていたそうで、だが首輪をしていたらしい。しかし、「裁判をしてでも、ウチの仔だって証明しますからねっ!」とすごい剣幕だったのだそうだ。
「洋服を着せられていてね」
近所のご婦人が残念そうに話す。
私は生きていてよかった!と一瞬思ったのだったが、ムサシと思われるその猫が洋服を着せられて、外に出してもらっていないとわかると急に可哀想になってきた。
この辺りはいつも猫達が好き勝手に探検をしたり、ひなたぼっこをしたりして自由に暮らしている。尻尾をゆる〜く振っている時は、猫は「うーん、今から何をしようかな〜」と考え中の時なのだそうで、その「何をしようかな」の姿をよく見ている。なんだかのどかにしてるよなぁと、そういう光景がまたほっこりした午後の感じがしてよかったのだ。
一度ブラブラ散歩をするのが楽しみとなった猫に、ずっと家に居なさいというのは酷な環境だと思う。
ムサシ、逃げておいで。
「ムサシを探しています」の張り紙が張ってあるところが目印だよ。
ご近所さんはみんなお前のことが忘れられないと言っている。私もまた会いたいよ。
人間の男だったらとんでもない女ったらしだっただろう。関わった人を虜にしてしまう、魔性の猫ムサシなのであった。